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主婦の友社
発行インテリア雑誌

「プラスワンリビング」

2006年7月7日発売号

新連載開始

銀器の歴史に秘められた

人間ドラマを語ります

■声のメッセージへ■

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第37回 「オクラホマ超級市場」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006/4/11

オクラホマシティの外れには意外なスーパーマーケットがある。その入り口正面の頭上には、麗々しく「超級市場」と鮮やかな金色の漢字が光り輝いている。異色の漢字看板が示すように、その経営主体は中国系だ。

全力疾走する仔牛を追いながら、その首めがけて馬上から先が輪になっているロープを投げ、仔牛を捕まえる競技。運動神経の鈍い私からすれば、こんなことが出来ること自体驚き。まさにカウボーイそのもの。下は自分の出番を待つ参加者たち。

それにしてもなぜ、カウボーイと西部劇がふさわしいこの地に、正面きって「超級市場」の漢字看板を掲げる堂々たるスーパーが存立し得るのだろうか。これが中華料理店というのであれば、まだ納得できる。アフリカの果てにでも中華料理店を開く中国人のたくましさは周知のことなのだから。

しかし、この店は、堂々たる店構えのスーパーマーケットなのだ。その入り口に立った時、こりゃ凄い、と思わざるを得なかった。間違っても、現地在住中国系のための「ワンさんの店」――例えば店の入り口脇に置かれたロッキングチェアでお婆さんがでうつらうつら――などというチャチな店を想像して頂いては困る。それこそ、中国人はこんな「凄い」ことまでやっているのかと、ため息が出るような、香港沙田あたりに出来たての店といってもいい、モダンな建物だった。

当然のことながら、一歩店内に入ると、そこがオクラホマであることを一瞬忘れそうになる独特の雰囲気が一杯だ。他の地元スーパーとは品揃えがまるで異なっている。マンゴー、シャン菜、白菜、モヤシ、ゴボウ、チンゲンサイ。中国製のお茶各種、腐豆(フールー)の瓶詰め、クワイの缶詰、タピオカ、中韓を中心としたインスタントラーメン。海苔にセンベイ(台湾)。

そこに僅かに、我が日本国の品々も入っている。とりわけ昔懐かしサクマドロップの缶を見つけたときには嬉しくなった(サクマドロップ缶は、隠れた「国際商品」なのだ)。レジ周辺には、漢字が踊る印刷物があったり、ベトナム語の印刷物が置かれていたり、「異国情緒」がたっぷりだ。

鮮魚売り場があるのも、驚きだ。種類もそこそこ揃っていて、一定の鮮度が保たれた魚が、切り身ではなく丸のままずらりと、かち割り氷の上に並べられている様は、ちょっとした見ものだ。

もっとも、そこに並ぶ魚種は、我々日本人が好むものとは、かなり違っている。香港以南の雰囲気が濃厚に感じられる品揃えで、清蒸や唐揚げあんかけに向きそうな魚が中心だ。とはいっても、日本人がオクラホマシティで魚を買うなら、この売り場がまずもって筆頭に挙げられること、間違いないところだろう。

どうしてスーパーに鮮魚売り場があることに驚くのかというと、それは、オクラホマという土地柄にある。ここで魚料理といえばナマズ料理が思い浮かべられるのがせいぜいで、海の魚は、まず縁がない。「本当の海を見たことがない」という人々が珍しくない土地で、海の魚を食べるという習慣そのものが、長い間存在しなかったのだから、鮮魚(海のお魚)が珍しいのは当然だ。

もちろん今は、様々な冷凍食品が出回っている。冷凍の魚なら、タラやマグロなど種類は限られているが、どこでも入手できる。しかし、鮮魚は輸送方法に工夫を凝らさない限り、商品とすることは難しい。第一、そこまでして鮮魚を並べてみても、需要が見込めなければ、どうしようもない。この超級市場では、それが売れるからこそ、鮮魚が並んでいる。

では一体誰が、この超級市場の鮮魚売り場を支えているのか。オクラホマに多い原住インディアン系の人々が日常的に鮮魚を料理するとは思えない。ビーンズの煮物を幌馬車の旅路で食べ続けた西部開拓史の子孫たちが、高いお金を払ってまで、鮮魚を買うとは思われない。肌の黒いソウルブラザーたちだって、カリブからの移民ならばともかく、基本的にはかなりヘビーなミート中心だ。

「銀のつぶやき」第16回で触れたように、オクラホマシティでは今、寿司バーがちょっとトレンディなスポットになっている。また、おしゃれなフレンチレストランに行けば、魚料理は当然メニューに載っている。しかし、だからといって、一般家庭の人々がスーパーで鮮魚を買って料理するかと言えば、これはまた、話が別だ。

では一体誰が鮮魚を買っているのか。

それは、この地に住むベトナム系の人々だ。何、ベトナム人?西海岸カリフォルニアからは遠く離れた中西部オクラホマに、ベトナム系の人々が、立派なスーパーを支えられるほどの数、まとまって居住しているとでもいうのか?

そういう疑問が生まれるのはむしろ自然なことだろう。そして、その疑問に対する答は「イエス」ということになる。オクラホマには、かなりまとまった数のベトナム人社会が存在しているのだ。そしてその数は近年急速に増大しつつある。

もうピンと来た方もいらっしゃるだろう。事の遠因はベトナム戦争にある。あの戦争処理の一環として米国は、多数の旧南ベトナム人を移民として受け入れた。その総数は覚えていないが、十万人近い数ではなかったろうか。これを全米各州に広く割り当てる形で、それまでベトナム人とはまったく縁のなかった地域でも、受け入れを図ることとなった。

オクラホマ州にもその時、数千人がやってきたという。今から三十年ほど前の出来事だ。このときやってきた「南ベトナム人」の主体は、どうやら中国系の人々であったらしい。それが漢字看板「超級市場」誕生のいきさつだ。今では、この店の周辺一帯は、ベトナム風中華料理店があったり、東南アジア産物店があったりと、一種ベトナム村となっている。

そして、この一帯に近づくと突然、東アジア&東南アジア系の顔つきの人々の姿が目立ち始めるのも、モンゴロイド日本人の一人としては安心したくもなるが、実際彼らの間に入ってみれば、やはり何か違うという違和感があるのも事実だ。

ところで、このベトナムからの移民たちは、勤勉さと教育熱心さで知られている。それを反映するかのように彼らの二代目世代の中から、どんどん一流大学の卒業生が生まれつつあることが、大きな注目を浴びている。その一方で一代目もまた、難民同様の立場からスタートして三十年で、様々な事業に成功する人々が出始めている。

これはなにもオクラホマだけのことではなく、全米各地にこうした「ベトナム村」は誕生しつつあって、西海岸には、はるかに規模の大きな、それこそリトルサイゴンとでも呼ぶべき街が生まれていると聞いた。

こうした彼らの短期間での「社会的な成功」が、黒人層やメキシコからの労働移民たちとの比較で、驚異として見られていて、更にこれに起因する民族間摩擦は、いろいろ複雑な問題があるらしい。

ベトナム系の人々はまだ移民としての歴史が浅いので、政治的な存在感は薄い。しかし彼らの中から、その声を代表する有力な議員が登場するのも時間の問題ではないだろうか。そういう元気なたくましさが、彼らの様子からは感じられるのだ。

実際、この超級市場の店内に溢れる独特の活気は、ベトナム系の人々にお金が回っていることを象徴していると思う。家族連れでやって来る買い物客は皆、楽しそうだ。楽しそうだということは、楽しくできる余裕があるからだ。要するに彼らは、お金に困っていない。スーパーの棚を見れば、一目でそのことは、見て取れる。

さて、その超級市場の棚が面白くて、あれこれ眺めながらゆっくりと店内を見て回り、日本の食品を手に取って、それをじっくりと眺めていた、その時だった。突然、後ろから、声を掛けられた。

そして、私に声を掛けてきたのは、これが意外な人物だった。

次回へとつづく

きょうのお話は、ここまで。

面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。

2006/4/11

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この春先もまた、いろいろな場所で、少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。話の内容は様々ですが、基本テーマは一つです。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」

歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事。銀器という枠を越えて、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さについて、お話ししたいと考えています。

詳しくは→こちらへ。