ろn
英国骨董おおはら
銀製品
銀のつぶやき
 
取扱商品のご案内
大原千晴の本
 
大原照子のページ
お知らせ
営業時間・定休日など
ご購入について
地図
トップページにもどる

 

 

大原千晴

名画の食卓を読み解く

大修館書店

絵画に秘められた食の歴史

■■■■■■■■■■

シオング
「コラージ」6月号

卓上のきら星たち

連載36回

追悼・グラスゴウ図書室

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第142回 ヴェネツィアの海鮮バーカロ

 
 

 

 
2014/06/23

 

 

 ヴェネツィアの海鮮バーカロ探訪記。

 「コラージ」2013年12月号のエッセイに画像追加。

 

 

 ヴェニスで気軽に食べるなら、なんといってもバーカロ(bacaro)と呼ばれる居酒屋が一番。ここで愉しむ小皿料理チケッティ(cicchetti)が楽しい。店に入れば、デパ地下の惣菜売り場同様、カウンターのガラスケースに様々な料理がズラリと並ぶ。素材は、エビ・イカ・タコ・カニ・イワシ的小魚類やタラそれに貝類がメイン。唐揚げ、煮物、ドレッシング漬け、トマトソースやマヨネーズ和え等々、おつまみ風が勢揃いで、これが小さなパンに乗せられて楊枝で止めてあったりもする。魚貝の他には、生ハムや卵、肉団子、ナスやアスパラなどの野菜料理、また、小ピザやパスタ料理もあり、店の個性によりいろいろだ。

 

 

 お昼時ともなれば、カウンター前には、若いOLたちを含めた常連の列ができる。好みの品をあれこれ指さして小皿にもらい、ワイン片手に立ったままおしゃべりしながら食べるのだ。奥には着席のテーブル席が大小5~6卓ほど置かれ、客が20人も入れば一杯、という小さな店が大半で、この狭さが、なぜか心地よい。もともと運河港湾の肉体労働者向けに酒樽屋台的な形からスタートしたとのことで、立ったまま手早く空腹を押さえるというのが本来の姿。ここで腰を据えてワイン一本空けるなどというのは田舎者の野暮ということになるはずだが、その野暮もまた少なくない。

元々こういう、いなせな男たちが集まる店だった

 

 食に関心の深い人ならば、これら小皿海鮮料理の素材となる魚介類を知るに最適な場所がある。ヴェニスでも有数の観光名所リアルト橋の目と鼻の先にある魚市場だ。ここで目を引くのはイカの種類が多いこと。ヴェネツィア人は驚くほどのイカ好きだ。魚で一番目立つのはイワシ・アジ・サバ系とタラ・ヒラメ・カレイの類。それ以外では、マグロ、各種エビ、タコ、そして、ウナギとアンコウも定番に入るのが面白い。ウナギは日本で一般的なものよりも明らかに大きく、アンコウは逆に小ぶり。タコは東京のおでん屋で見るイイダコによく似たものがあって、この煮物が串に刺されて出されたりするのを見ると、銀座の「おたこ」を思い出してしまう。

 

 

 

 大抵の店ではテーブル席の「野暮な客」向けに、壁にその日のオススメが書き出されている。一応、前菜からドルチェ(デザート)まで区別されているが、酒樽屋台でコースに従うなど、ナンセンスだろう。それにしても、東京からやってきた野暮の目は、彼の地の野暮の卓上に並ぶ料理の皿数に驚く。それくらい彼らは、よく食べ、よく飲む。

 

 ワインは北隣のフリウリ県のものが一番目立つ。ソアヴェの白を除けば、日本ではめったに見かけないフリウリのワイン。この四半世紀の間に大幅に品質が高まっていて、たとえば、ドイツでも美食都市として知られるミュンヘンでは、この「フリウリの赤」が高級ワインの代名詞となっている。

 南ドイツとヴェネツィアは古来交易路で結ばれていて関係が深い。ミュンヘン以南で見られる様々な「ドイツ風」パスタ料理。ボローニャでさえパンがダメな北イタリアで、おいしいドイツ風パンやストゥルーデルが手に入るヴェネツィア。こうした事実を「意外」と思うならば、中世以来の交易史を探ってみるといい。ヴェネツィアでは陸上交易路として昔から、アルプスを越えてアウクスブルクからブルージュへとつながる道、また一方でウィーンから東欧へと向かう道、このふたつが重要だった。

 

 料理にも様々な形でこの交易路の痕跡が秘められている。胡椒やナツメグに代表される香辛料、金銀や高級工芸品、絵画や音楽と並んで、酒と料理もまた、この交易路に沿って人が運んだものなのだ。 とりわけ、高価なスパイス類を詰めた大きな木箱を背負って、野越え山越え、ヴェネツィアからアウクスブルク方面へと売り歩いた男たちの話が面白い。雪の季節を避けての、スパイス行商の旅。あたかも、富山の薬売りの旅路を思わせるもので、旅の途中で働き者のドイツ娘を見つけて、フリウリに連れて帰る男も珍しくなかったという。花嫁は当然、故郷の料理やパンやお菓子をフリウリにもたらすわけで、昔から遠隔地に嫁ぐお嫁さんが食文化の伝播に果たす役割は見逃せない。

 

赤丸:ヴェネツィア、

左上隅:ミュンヘン→このすぐ上がアウクスブルク、

右上隅:ウィーン

 

 

 海鮮の他にヴェニス料理で目立つ特徴のひとつ、それは、パスタよりも、ポレンタとリゾットの存在感がはるかに大きいということ。ポレンタとはトウモロコシの粉を水で伸ばしてチーズその他で調味したもの。リゾットとは、お米のスープ煮つめ、とでも呼ぶべきもの。この島に二~三日しか滞在できないなら、パスタは忘れてこちらを食べるべきだ。特に魚貝のリゾットは、上手に濃厚に料理されると、米食刺身食民族として不明を恥じたくなるくらいオイシイ。

 

 

 一方ポレンタは、付け合せとして料理に添えられることが多く、ねっとりと調味されたものは素晴らしい。ヴェニスでは黄色ではなく白色が基本で、さらに特別なものとして、そば粉を混ぜ合わせた暗灰色のものもある。もともと小麦の生育が難しい貧しい山村の貴重な主食なのであって、キビやアワやソバで作られてきたものが、16世紀以降、新大陸からもたらされたトウモロコシへと徐々に切り替わっていったという歴史がある。

 

 ではなぜ、山村の料理がヴェニスで広がったのか。もともとこの島の歴史は5世紀前半フン族の来襲に追われたフリウリの人々が住み着くことに始まる。当然ヴェニスの料理はフリウリ色が濃厚だ。

 

 

 この基礎の上に、活発な交易でもたらされた東方トルコやギリシアや中東系の料理やお菓子、アドリア海沿岸ダルマチア等の要素、さらには、アルプス北方のゲルマン系の料理が混ざり合って現在に至っている。ポレンタの場合、フリウリの山間部では、一週間に一〜二度大鍋に作り置きし、これを数日掛けて食べるという暮らしが、二十世紀半ばまで珍しくなかったというほど、重要な基本食だった。

 

 というわけで「ヴェニスといえば海鮮」と思いがちだが、先祖伝来の「山村料理」もまた重要なのだ。料理に歴史の痕跡を探る食文化ヒストリアンにとって、ヴェネツィア料理は、尽きることのない面白さに満ちている。

 

 

   きょうのお話は、ここまで。

  面白いお話、出てこい。
    もっと早く、もっとたくさん。

2014/06/23

■■■■■■■■■

『アンティークシルバー物語』大原千晴
  主婦の友社     定価 \2,100-

  イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝

  

  

ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。

本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。

私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内

 2011年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。

 歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。

詳しくは→こちらへ。