2009/10/30
ついこの間の月曜日、新宿のヨドバシだのビックカメラだのにあれこれデジタルな品物を見に行った帰りのことだ。もう間もなく夕暮れが闇に包まれそうな中で、細い路地にある家の塀の前で、若い男の子が二人なにやら言い争っていた。「オッ、喧嘩か?」と思いつつ歩いて行くと、おかしなことに気がついた。
揃って塀に向かって、共に下を向いて言い争っているのだ。「なんだ、こいつら、変だな」と思って見ると、何か雑誌のようなものを二人は手にしている。そして、それを見ながら「ケンカ」をしているのだ。新興宗教の勧誘かなにかかと警戒しつつ、彼らの脇を通り過ぎる。
そのとき、やっと、この変な「ケンカ」のワケが判った。彼ら二人が手にしてるのは台本で、芝居の稽古をしているのだった。めったに人が通らない路地で、通りに背を向けて、もう台本の文字を読むのも少し辛くなりつつある暗さの中で、二人は芝居の稽古を続けている。なぜ、わざわざ路地の塀の脇で稽古をしなければならないのか。台本の設定かもしれない。まっ、いろいろ事情がありそうだ。
そこから歩いて5分ほど行ったところには小さな公園がある。その真ん中に直径2メートルほどの、丸い台座のようなものが設けられていて、小さな舞台のようになっている。以前、桜が散りかけた時節の夜十時ごろ、そこで一人で踊っている女性を見かけたことがある。ストリート系の踊りだったけれど、半端じゃなかった。夜十時の公園。真ん中の小さな舞台で踊る若い女性。いつか、檜舞台で、なんて思っているだろうか。
随分以前のことだけれど、あれは代々木の国立競技場のすぐそばで、テニスの壁打ちが盛んな場所があって、そこで漫才の練習をしている若い男の二人組を見たことがある。彼らは壁に背を向けて、「見たきゃ勝手に見ろ」みたいな感じでやっていた。でも、真剣だった。
で、思う。
こうした場面を映し出す中「明日のステージに夢を追う若者たち」みたいなキャプションで番組スタート。泣き、笑い、実際の舞台での拍手、観客からの応援の声、アルバイト先や家族へのインタビュー、師匠筋や作家や演出家の、厳しかったり優しかったりする言葉を挿入。で、無事に初日を終えて、「これからも夢を追い続けていく彼らの姿に……」みたいな言葉が流れる中で、5分間のでっち上げドキュメントが終わる。
こういうの見ると、その白々しさに、こっちが白けちゃう。なのに、こうした嘘っぽさ一杯のミニドキュメントが以前に比べて、世に溢れ始めていると感じる。要するに、出だしと結末先にありきで、あとはつじつま合わせ。お客様を馬鹿にしちゃあ、いけない。江戸時代だって、そんな芝居には、半畳が投げ込まれたはずだ。
自分が若かった時のことを思い出してみても、「夢に向かって一心に」なんて、あり得ないと思う。社会は「自分の前に立ちはだかる分厚い壁」のように感じられたし、「若者らしい夢」なんて、何もなかった。社会の中で何とか自分自身を確立したいという、そんな焦りのような感情が渦巻くばかりで、しかし、何も動いていかない。そうじゃなかったですか、皆さんだって。「若い」って、そういうことでしょ。
だから、路地の暗がりで芝居の練習する彼らの姿を見て、「若者らしい明日の夢に向かって一生懸命に努力する彼ら」なんて、これっぽちも思わなかった。むしろ、「辛いところだよね、でも、それを乗り越えていくっきゃないんだよね」と思いながら、彼らの脇を通り過ぎて行った。
そして、新刊のお話。
あれこれ昔の人のことを調べていくと、当初抱いていたイメージとは大きく異なる人物像に出会うことが少なくない。『アンティークシルバー物語』を書いていく過程では、こうした「意外な人物像を示す資料」との出会いが多くありました。そのとき、こうした思い掛けない事実に目をつぶって、「はじめに予定していた結末ありき」で行ったら、話はつまらないものになってしまう。
「意外な資料」に出会う中で、自然に立ち上がってくる興味深い人物像の方に、むしろ本質が隠されている場合が多い。今、大修館書店発行の月刊誌『英語教育』という、全国の英語の先生向けの専門誌で、「絵画の食卓を読み解く」という連載エッセイを担当しています。ここでも、同じことです。
新たな資料に遭遇する。「あっそうか、そういうことだったんだ、知らなかった」。その連続です。それが、絵の隅に小さく描かれているモノであったり、食卓マナーの変化であったり、あれこれある。そんな「小さな発見」の喜びを、共に楽しんで下さる読者が、少しはいらっしゃるはず。そう信じて、やっているわけです。だから、大変だけれど、面白くてやめられない。
『アンティークシルバー物語』に掲載された18の物語も同じように、そんな出会いと発見の過程を経て生まれました。どうぞご一読下さい。
拙著の出版に対して、おめでとうメールを頂いたり、わざわざ見事な花を贈ってくださったお客様がいらしたり、また、ご実家の田んぼで収穫されたばかりの新米を届けて頂いたり。
泣けちゃいます。
2009/10/30
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『アンティークシルバー物語』大原千晴
主婦の友社、定価 \2,100-、10月23日発売
イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝
ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。
本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。
私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。来年弥生三月、弊店にてそのすべてを展示する原画展を開催する方向で、準備を開始したところです。

2009/10/30

■講座のご案内
2009年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。また、この4月号から新たに雑誌の連載エッセイがスタートしました。
大修館書店発行の月刊『英語教育』で連載タイトルが「絵画の食卓を読み解く」。絵に描かれた食卓を食文化史の視点から読み解きます。ぜひ、ご一読を。
というわけで、エッセイもカルチャーでのお話も、
「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。
歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。
詳しくは→こちらへ。
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