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大原千晴

アンティークシルバー物語

主婦の友社

人物中心で語る銀器の歴史

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大修館書店
「英語教育」6月号

食卓の歴史ものがたり

連載第3回

19世紀末

「魔酒」アブサンの時代

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第108回「新宿のウィグル人」

 

2010/5/14 

 先週の土曜日、NHK学園(新宿オープンスクール)での講義を終えて、ビルの外に出た。場所は新宿副都心、パークハイアット東京やコンランショップが入居する超高層ビル。

 ビルの正面には、新宿駅西口行きの無料送迎バスが停車してる。運悪く出発直前で、満員。バスの入り口に立つ2人のワイシャツ姿のサラリーマンに頭を下げて「乗れますか? 大丈夫でしょうか?」と聞いてみた。

 「大丈夫でしょ」と言いながら、僅かにスキマを作ってくれたので、その間に体をすべり込ませた。彼らふたりのすぐ脇で身を縮めながら、「すいません」と恐縮する。二人は三十代半ばだろうか、ちょっとお疲れ気味といった感じ。でも親切な人達だ。

 私が乗ってすぐ、バスは動き出した。と同時に、ふたりはケータイを取り出し、なにやら話し始めた。その言葉に耳が集中した。というのも、ふたりの言葉は、これまで聞いたこともない言語だったからだ。

 バスに乗りこむ時点では、ふたりはふつうのサラリーマンだと思っていた。でも、間近で顔を見ると、なんだかちょっと雰囲気が違う。そして、この不思議な言葉。いったい、何国人なのか。

 思い切って聞いてみた。「なに語で話しているんですか?」。一人がニッコリして「ウィグル語です。ウィグル、わかりますか?」。私「新疆ウイグル自治区ですか?」。彼「そうです。」。

 私はもう興味津々で、ウィグルについて知っている僅かな知識をたよりに、あれこれ質問してみた。おかげで新宿駅まで十分足らずの短い会話、これがとても楽しかった。というのも、彼らの一人が話す日本語がきちんとしたもので、スムースに話ができたからだ。

 日本に住むウィグル人は千人ほどらしい。新彊ウィグル自治区といえば、はるかシルクロードの彼方だ。「遠いですね」と言ったら、彼「近いですよ。北京から4時間です。朝成田を発てば、夕方にはウルムチ(首都)に着いてます。韓国からだと直行便もあります。」知らなかった。

「そんなものですか。意外と近いですね」。

彼「だって、アジアですから」。いや、誠にその通り。

「だって、アジアですから」

ウィグルの人から発せられたこの言葉は、とても新鮮だった。

 最後に、以前から気になっていた質問をしてみた。「ウィグル語はトルコ語に近いと聞きました。トルコの人と言葉通じますか?」

 彼「ええ。昔は東トルキスタンといいましたから。わかりますか、トルキスタン。トルコ系なのです。だから、なんとか話通じます」との答え。これについて「そう簡単に会話はできないはず」という言語の専門家の文章を読んだばかりなので、ちょっと驚いた。

 当のウィグル人自身がそう言う以上、やはり、なんとか通じるということになる。数年前からトルコが中央アジアのトルコ語系諸国に積極的に文化支援をし始めていて、その連帯を強化する動きに出ているという記事を幾つか読んでいた。なかなか面白い動きだと感じていた。

 ロシアと中国とインドのスキマをつなぐトルコ語文化圏。イスタンブールに行って以来、トルコについては、あれこれ興味を持って調べている。実業家の中にはイスタンブールからトラックでこれらの国々を結ぶ物流ルートを構築しようという動きさえあるという。大陸の国の話はスケールが壮大だ。

 もっとも、意外な状況も生まれ始めている。各国にトルコがTVドラマを輸出していて、アゼルバイジャンでは、これが非常に受けている。字幕なしで大丈夫どころか、子どもたちが、知らず知らずのうちに「トルコ共和国風のトルコ語」を話すようになってきていて、アゼルバイジャン政府はこれに非常に強い警戒感を感じ始めていたという。

 その結果、とうとうアゼルバイジャン政府は、「トルコ共和国のTVドラマの放映、全面禁止」という措置をとることになったという。言語が近いということは、必ずしも、友好関係の源というばかりではないようだ。アゼルバイジャンの側から見ると、「オスマントルコ=帝国」による「言語支配」という歴史的な幻影が再び像を結び始めているかのように見えるらしい。言語による侵略。なかなか、むずかしいところですね。

 ところで、こんど新宿にウィグル料理店がオープンするという。「これも何かの出会いです。ぜひ、行ってみて下さい」と言われた。必ず行ってみるつもりだ。それにしても彼、これだけの日本語が話せるようになるまでには、大変な勉強をしたハズだ。

  東京にある、小さなウィグル人社会。上海ならば、これがもっと大きくなるのだろう。ひょっとするとトルコ語圏の総本山イスタンブールには、思いのほか大きなウィグル人社会があるかもしれない。それより何より、ウルムチそのものが、多人種多文化混合の大きな都会であるらしい。

 危険が一杯のパキスタン・アフガン国境地帯に行かずとも、レバノン・イスラエル国境を探検しなくとも、エジプト・スーダン国境に飛ばなくても、そういった場所から大都会をめざして人々はやってくる。合法も脱法も関係ない。とにかく、人間は国境なんて軽く飛び越えて移動している。

 明日のパンを、明日の夢を求めて、彼らは世界の大都会にやってくる。だから私のような冒険嫌いの人間でさえ、こうした地域からの移民達と、世界の様々な大都市で出会って話をする機会がある。

 本当のフロンティアは今、世界の大都会にこそある。もうずいぶん以前から、そう思っている。だから、旅は、都市がいい。

  きょうのお話は、ここまで。

 面白いお話、出てこい。
 もっと早く、もっとたくさん。

2010/5/14

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
  主婦の友社     定価 \2,100-

  イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝

  

  

ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。

本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。

私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内

 2010年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。また、この4月号から新たに

大修館書店発行の月刊『英語教育』での連載が2年目に入ります。欧州の食世界をさまざまな視点から読み解きます。ぜひ、ご一読を。

 というわけで、エッセイもカルチャーでのお話も、

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。

 歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。

詳しくは→こちらへ。