ろn
英国骨董おおはら
銀製品
銀のつぶやき
 
取扱商品のご案内
大原千晴の本
 
大原照子のページ
お知らせ
営業時間・定休日など
ご購入について
地図
トップページにもどる

 

主婦の友社

「プラスワンリビング」

3月7日発売号

「アンティークシルバー

の思い出」


銀器の歴史に秘められた
人間ドラマを語る連載11回

今回の主人公は

ロンドンにある百貨店

「リバティ」の創業者
レイゼンビー・リバティー

日本に旅した男は

なぜ、女性たちの心を

捉えることが出来たのか。

百貨店「リバティ」

成功の秘密を探ります。

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第72回「雨の朝、ちょっと怖いバス」

2008/3/24

 3月20日木曜日の朝七時過ぎ、渋谷駅は雨だった。私は渋谷発六本木経由新橋行きのバスに乗り込んで、空いた車内で出発を待っていた。さっきまでのパラパラ降りが、少しずつ本降りになり始めている。

 今日は休日だ。休日朝七時の渋谷は、前の晩の続きをやっている若者の姿も少なくない。夜化けていた顔が、朝は本物のオバケになっている若い女の子たち。二日酔いで死にそうな顔をしている男の子。もちろん朝からしっかり休日出勤という若者だって、ちゃんといる。そう、休日に働く人間だって珍しくない。私もまた、その一人だ。

 窓の外を行き交う若者たちを眺めながら、そんなとりとめのないことをボンヤリと考えていた。ちょうどそのとき、体の大きな外人が車内に乗り込んできた。傘を持たず、ナイキかなにかのパーカーのフードをかぶり、パーカーから水滴がしたたり落ちている。乗車口のステップを上りながら、フードを取って、料金箱にコインを入れている。

 パスネット使わないのか、この外人さんは。と思っていると、続いてまた、ほとんど同じような服を着た別の外人が続く。二人は一緒で、共に体格がいい。観光客じゃないな、この感じは。二人とも傘を持っていない。それどころか、荷物を何一つ持っていない。ずいぶん身軽だな。きっと休日の朝、家から散歩に出たら、途中で雨が降り始めたので、あわててバスに乗ることにした、なんか、そんなことなのかと思ったりしながら、彼らを眺めていた。

 このバスは六本木を通るので、外人さんが乗ることも珍しくない。けれど、こんな時間に乗り合わせたのは初めてだ。二人が小声で話すのが聞こえくる。発音からアメリカ人だとすぐに分かった。傘も持たず、荷物も持たず、現金でバスに乗る外人。なんか変だなあと思っていると、その二人に続いて、同類のアメリカ人が次々とバスに乗り込んできた。

 ほとんどが、がっしりとした体格の男ばかり。一人二人ならともかく、八人。いや、十人いたかもしれない。中に二人ほど、ちょっと小太りがいて、これが立場が上らしいと感じた。それにしても雰囲気が異様だ。

 誰一人傘を持たず、鞄もデイパックもなし。全員が手ぶら。カメラもガイドブックもなし。しかも、あきらかに日本に慣れきっている。何かスポーツクラブの団体のようだけれど、和気あいあいと言う雰囲気はゼロ。なんだか憂鬱そうというか、鬱陶しい雰囲気なのだ。

 ほとんど互いに話をしない。何なんだ、この連中は、一体。気味が悪いな。なんか新興宗教かなんかなのだろうか。言葉のアクセントからアメリカ人であることは、まず確かなところだ。なのに、ぜんぜん陽気じゃない。妙に団体行動が似合う。ロシア人スパイ組織が東京でアメリカ人のフリをして行動する訓練でもしているのかも知れない、なんて本気で考えたくらいだ。狸穴(六本木)にはロシア大使館があることだし。

 この異様な雰囲気の連中を満載したまま、バスは発車した。私は内心、妙な騒ぎが起きるとイヤだなと思っていた。バスジャックなんて話、こんな路線バスで聞いたこともないし、考えすぎだよな、きっと。でも、そんなイヤな想像をしたくなるほど、車内には重苦しい雰囲気が一杯に漂っていたのだ。

 雨はだんだん強くなる。雲はひくくたれ込めている。休日の朝、ガラ空きの道をバスはスムースに走っていく。早く降りたい。なんか妙な騒ぎが起きる前に、このバスを降りたい。そんな思いを抱きながら私は、見ないふりをしながらしっかりと彼らを観察していた。こいつら、一体何者なんだろう。結構若いじゃないか。ひょっとして、兵隊さん? それにしちゃ、妙に真面目な感じがある。だいいち、日本の休日にアメリカ軍も休みになるのだろうか。

 なんて思いながら、あれこれ考えを巡らせているうちに、下車すべき停留所に到着した。この連中がどこで降りるのか見届けたいな、なんて思ったりもしたけれど、今日は仕事だ。で、私は一人バスから下車した。何ごともなくてホッとしたという半面、行く先を見届けてみたかったという思いも抱きつつ。

 その夜のことだった、「タクシー運転手殺害事件」のニュースを聞いたのは。そしてその次の朝の報道。タクシーの中から米兵のクレジットカードが発見された。米兵は行方不明。アメリカ海軍海兵隊の特別捜査隊が捜索に当たっている。やがて身柄拘束。米兵は六本木の夜の世界で暗躍するアフリカ系のグループと接点があった模様。などという話が徐々に伝わってきた。

 勝手な想像かもしれないけれど、まず間違いないと思う。バスの一行は海兵隊の捜索部隊だったのだ。既にかなりの情報がわかっていて、脱走兵の足どりをたどっていたのではないか。ひょっとすると銃を所持していたかもしれない。アメリカの兵隊は、イザとなればビシッとしている。久しぶりに、その凄みを感じた。

 

きょうのお話は、ここまで。

面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。

2008/3/24

■講座のご案内

2008年の講座は、これまでになく充実したものとなるはず。当の本人が、大いに乗って準備していますから。どうぞお楽しみに。

いろいろな場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。話の内容は様々ですが、基本テーマは一つです。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」

歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事。銀器という枠を越えて、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さについて、お話ししたいと考えています。

 

詳しくは→こちらへ。