ろn
英国骨董おおはら
銀製品
銀のつぶやき
 
取扱商品のご案内
大原千晴の本
 
大原照子のページ
お知らせ
営業時間・定休日など
ご購入について
地図
トップページにもどる

 

 

大原千晴

名画の食卓を読み解く

大修館書店

絵画に秘められた食の歴史

■■■■■■■■■■

シオング
「コラージ」9月号

卓上のきら星たち

連載27回

ムラノ島ビザンツの幻影

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第130回 海亀のスープ、その1

 
 

2013/10/4 
 

  今回は、「海亀のスープ」のお話です。

 映画『バベットの晩餐会』に、印象的な形で登場するお料理です。幻想的な雰囲気に満ちたこの映画、リアリズムとは対極的な世界が描かれている、という雰囲気。すべては原作者カレン・ブリクセン男爵夫人(イザク・ディーネセン)のイマジネーション。映画はこれを見事に映像化した、という感じです。では、この物語、実社会の現実とはまったく無縁な「おとぎ話」なのでしょうか。

 いえいえ、決してそうとばかりは、いえないのです。思いもかけない形で、歴史的な事実が埋め込まれているのです。そのことを知ると、この映画(物語)の見え方が少し、違ってきます。男爵夫人のイマジネーションの豊かさが、より陰影深く感じられるようになるはずです。ほんとはね、カレン・ブリクセン男爵夫人の物語に、「歴史背景を読む」なんていうのが、野暮なこと、百も承知です。エミール・ゾラの作品じゃないんですから。でもね、「晩餐会」という文字を見ると、食文化ヒストリアン的好奇心が動き始めてしまうのです。時代背景を知りたい、という。

 で、この「バベットの晩餐会」の最初に出されるお料理が「海亀のスープ」です。これをひとつの手がかりとして、バベットという女性と、彼女の創りだす料理の背景を探ってみたいと思うのです。

 このお話は、もともと、ウェブマガジン「コラージ」(シオング)2011年6月号に掲載されたものをアレンジしたものです。では、「海亀のスープ、その1」お楽しみ下さい。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 『バベットの晩餐会』という映画、ご存知ですか。日本でも二十数年前に公開されて話題になりました。舞台は、19世紀末ノルウェイ、海辺の寒村。主人公はバベットいう名の、ちょっと疲れたフランス人の中年女。彼女はパリの騒乱を逃れて、わずかなつてを頼って身ひとつで村にやってくる。そこで頼み込んで牧師館の女中として働かせてもらうことで、なんとか暮らしを立てていく。

 こうして何年かを経た後バベットは、フランスで買ってもらった宝くじに当選、しかも賞金はパリに戻って遊んで暮らすに十分な金額。なのに、そのお金をすべて使って、お世話になった村人たちを招いて感謝の宴を開こうと心に決める。バベットは実は、パリの超一流レストラン「カフェ・アングレ(英国亭)」でシェフを務めていたという経歴を秘めている。なので、この宴のために「これぞ本物のフランス料理!」という、凝りに凝った料理とワインから成る驚くべきメニューを考え出します、「心からの恩返し」として。

 超一流のレストラン「カフェ・アングレ」(当時実在の店)のシェフだったという凄い女性が、自分のそれまでの人生をすべて賭けるという意気込みで催すこの宴。その冒頭を飾る料理、それが今回のテーマ「海亀のスープ」なのです。 グルメを自称する人でも、海亀のスープとなると、実際に食べた経験のある人は、そう多くはないはず。でもこのお料理、英仏両国では19世紀後半以降しばらくの間、最も洗練されたグルメ料理を代表するメニューだったのです。

 それにしても、海亀を料理素材にするなんて、さすがはパリ。「フランス料理は凄い!」そう思ってしまうところですよね。ところが、このお料理、意外なことにフランス生まれじゃありません。その故郷は、英国の貴族社会です。実はイギリス貴族は昔から、かなりのグルメです。「料理がダメなはずのイギリス」で、なぜ「海亀のスープ」などという高級グルメ料理が誕生するのか。それがなぜフランス料理になっていくのか。

 ここに「フランス料理の秘密」を解く歴史の鍵が隠されています。それは、フランス料理が国際化していくその原点の歴史背景に直結する、なかなか刺激的なお話になるはずです。このあたりは、次回にまた、改めて。

 さて、パリで超一流レストランのシェフを務めていたバベットほどの女性が、なぜ花の都パリを去らねばならなかったのか。それは、「パリ・コミューン」(1871年)と呼ばれる革命運動のため、パリ市内が半内戦状態に陥るからです。超一流レストランが落ち着いて営業を続けることなど、到底困難な状況だった。だから、バベットはパリを逃げ出さざるを得なかったわけです。

 歴史物語「レ・ミゼラブル」のすぐ後の時代で、明治維新の3年後のことです。このパリ・コミューンという出来事は、いわばフランス革命という大地震の「最後の余震」といっていい出来事で、これでひと区切りが付く。1789年のフランス革命に始まり、1871年のパリ・コミューンの騒乱鎮圧までの80年間、ナポレオンの興亡をはさんで、フランスの政治情勢は混乱が続きます。

 

 その結果フランス経済は国際社会の中で低迷を続け、軍事面では新たに勃興してきたプロシア(北ドイツ)に、技術革新の面では、特に英国に、大きく後れをとってしまう。ナポレオンの時代からは考えられないほど、国力が衰退し、長い低迷の時代が続くことになります。

 そして、このことは、フランスのグルメ料理の展開を考えるときに、とても重要なポイントになります。

 なぜなら、贅沢な料理文化が誕生するためには、食べることにお金を使うことを惜しまない、豊かなパトロンが必要だからです。革命後のフランスでは、この層が薄かった。それまで贅沢文化を支えてきた王様や多くの貴族がギロチンの露と消え、海外に逃亡した貴族も数知れない。革命後も、ロベスピエールに代表される恐怖政治の時代が何年も続きます。そのような混乱する状況の中で、いったい誰が革命後誕生した、高級レストランのお客だったのか。まず、このことが大問題です。

 

 それ以前に、当時パリのレストランとはどんなものだったのか。というよりも、我々が今「レストラン」という言葉で思い浮かべるような料理店が、果たして、革命前のパリに存在していたのでしょうか。実は、そのような「高級レストラン」は存在していません。食文化史の上で重要な、この基本的な史実が、意外と知られていないんですよね。次回に続きます。

 

    きょうのお話は、ここまで。

  面白いお話、出てこい。
    もっと早く、もっとたくさん。

2013/10/4

■■■■■■■■■

『アンティークシルバー物語』大原千晴
  主婦の友社     定価 \2,100-

  イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝

  

  

ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。

本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。

私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内

 2011年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。

 歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。

詳しくは→こちらへ。