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大原千晴

アンティークシルバー物語

主婦の友社

人物中心で語る銀器の歴史

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大修館書店
「英語教育」3月号

食卓の歴史ものがたり

連載第12回

16世紀フェラーラ候家

結婚の宴

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第112回「トランブルー」

 

2011/2/26 

 アガサ・クリスティ名探偵ポワロのシリーズに「ブルートレイン殺人事件」という作品があります。この「ブルートレイン」とは、20世紀初頭パリと南仏リビエラを結んだ特別急行列車のことで、実際にその列車が走っていたフランスでは、「トランブルー(Train Bleu)」と呼ばれます。2月5日(日)プティ・セナクル主催グルメレクチャー第17回目は、この「トランブルー」がテーマ。今回のテーマは、プティ・セナクルを主催する石澤季里さんからのご提案。会場は田園調布、高名な料理研究家・上野万梨子さんのギャラリー「リブレ」。話のあとは、上野先生お手製の、きれいでおいしいお料理とワインを頂き、お料理について丁寧に解説して頂きました。

    トランブルーと競争するベントレー(当時の大話題の一つ) 

 特別急行列車トランブルーの黄金期は、第一次世界大戦(1914-1918)後の1922年から第二次世界大戦開戦の少し前まで。わずか20年足らずです。なのに、多くの人々に、強い印象を残している。それはなぜなのか。この特別急行が運んだのは人間だけではありません。人間と共に、彼らの生活スタイル、遊びのスタイル、これがロンドンやパリから、南仏の「僻地」リビエラへと運ばれた。英仏海峡に臨むカレーを始発に、パリを経由し、マルセイユ、ニース、カンヌに止まりながら、終着であるイタリア国境直前のマントンまで。ロンドンからの英国貴族、パリから乗り込む国際色豊かな社交界人種など、多彩な人々を運ぶことでこの列車は、人間ドラマの舞台となっていきます。その多彩な人間像が見えてくると、「リビエラ海岸」というイメージの、一番コアにあるものが見えてくる。そうなるとリビエラについての本を読んだり、そこに旅する面白さが何倍にも膨らんできます。

 そして、もうひとつの切り口が、バレエです。当時「トランブルー」と題されたバレエが上演されています。バレエファンにはおなじみの、あのディアギレフ率いる「バレエ・リュス」(ロシア・バレエ)です。原作・舞台監督はジャン・コクトー。振り付けはニジンスカヤ。衣装はココ・シャネル。舞台の幕はピカソ! という具合に、驚くべき才能がこの舞台に集結しています。バレエ・リュスもまた、リビエラ特にモンテカルロと関係が深い。特別急行列車トランブルーとバレエの演目「トランブルー」。このふたつの要素は、探っていくと、歴史の深い地下水脈でつながっています。この日は、その意外なつながりを探っていく面白さを、皆様にお話してみました。

 ピカソの描いたバレエ「トランブルー」の舞台幕

 ところで、「トランブルーの時代」は戦争の傷跡が生々しい時代です。第一次世界大戦です。日本も参戦しています。とはいっても、第二次世界大戦に比べると、あまり語られることがないですよね。これがヨーロッパだと、事情は大違い。第一次世界大戦は、今もいろいろな形で語り継がれています。それくらい傷が深かった。この戦争の前と後で、あらゆる意味で社会が大きく変わってしまう。人々の生き方や価値観もビックリするくらい変わってしまった。その象徴が、ココ・シャネルの登場です。

 第一次世界大戦前、ヨーロッパのファッション界(オートクチュール)は、ポール・ポワレが帝王として君臨していました。ファッションのお勉強をした人なら名前を聞いたことあると思います。でも、部外者は、まず知らないですよね、この人の名前。ブランドが残っていないからですね、きっと。このポワレが絶頂期に開いた面白いパーティーについて、主婦の友社発行のインテリア雑誌「Bon Chic」第3号でご紹介しました。そのとき、あれこれ沢山の資料を読んだので、ポワレのこと詳しくなりました。単にポワレのことに詳しくなっただけじゃなく、当時のパリのオートクチュールの世界についても、いろいろと知ることが出来ました。ポワレのメゾン(お店)の顧客は、フランスはもちろん、英国、ドイツ、東欧、果てはロシア貴族の婦人たちにまで及んでいます。ひょっとすると、日本の宮様のお妃様にも、ポワレの顧客がいらしたかもしれませんね。なんたって当時のパリは、現在のパリとは比べ物にならないほど「世界の中心」だったんですから。

 ところで、人間の外見って、人物像を考えるとき、結構重要な要素です。ポワレは、背はそんなに大きくない。でも、中年過ぎからは巨漢になります。ダイエット以前のカール・ラガーフェルド、晩年のマーロン・ブランドやオーソン・ウェルズ、それにヘンリー8世!、あんな感じです。第一次世界大戦(1914-1918)の間は、軍隊の制服関連の部署で「母国フランスのため」に働いています。その間に彼のメゾンは経営が傾きます。戦争から戻ったポワレは、必死にメゾンの立て直しをはかります。でも、ダメでした。なぜって、もう女性たちの感覚が、戦争前とはまったく違っていたからです。

「巨漢」になる前のポワレ


男が戦場に駆り出されている間、その穴埋めに社会のあらゆる部門に女性が進出した。女が男の陰に隠れた存在じゃなくなった。そのため、戦争の前と後とでは、女性の暮らし方も内面も、大きく変化した。戦争から戻ったポワレには、おそらく、それが分からなかった。なんとなく感じてはいたと思います、戦前は帝王だったんですから。それだけ鋭い感覚があった人です。でも、1919年以後の世界をリードする「新しい女」の世界、彼女たちが生み出し始めていた大きな波に、乗ることができなかった。今から歴史を振り返ってみると、そういう雰囲気が濃厚です。今から振り返るから、これが分かる。だから、歴史を探訪するのは面白いわけです。こんなふうに過去を注意深く見つめることで、実は、2011年という時代も、見えてきます。

 何が言いたいかというと、2011年は、ポワレが帝王からズリ落ち始めた時代に共通する雰囲気がある、ということです。突然ぶっ飛んだ感じですけれど、時代の大きな転換点という点で、あれやこれやにいろいろ共通点がある。今回のグルメレクチャーでは、そのあたりのこと、詳しくお話しました。ところで、今、中東情勢が大騒乱状態です。なぜ、ああなっているのか。これも歴史をたどると、第一次世界大戦にたどりつきます。

 現在の中東の混乱を知るには、この時代に遡ってみると、いろいろなことがよく見えてくる。そのことを見事に教えてくれる一冊の本があります。山内昌之『民族と国家―イスラム史の視角から』(岩波新書、赤260)です。今から17年前に出た本ですけれど、本物の歴史家が物事の本質をつかんで、これを噛み砕いて解説している内容ですから、ぜーんぜん古くなってません。それどころか、今眼前で起きつつある事態を見ながら本書を読むと、ビックリするほど鮮やかに、中東大混乱の遠因がクリアに見えてきます。まさに今読むべき一冊です。

ポール・ポワレ、第一次世界大戦、ココ・シャネル、そして、ピカソ。こうして時代は今へとつながる。その意味でトランブルーは、1900年代前半と2011年、百年の時空を飛び越えてこれを結ぶ、特別急行列車なのかもしれません。食も銀器もファッションも、大きな時代の枠組みの中で動いています。それが見えると、物事はずっと面白くなりますよって、そんなお話です。

 なお、この日のグルメレクチャーの様子については、主婦の友社発行のインテリア雑誌「Bon Chic」第4号(3月7日発売)に、紹介記事が掲載されます。藤岡編集長とライターの田村さんが取材にいらしてました。それにしても、カメラの方が入ったりして、話す立場としては、ちょっと気恥ずかしい感じでした。

 こうして「銀のつぶやき」更新するの、ほぼ半年ぶりです。長い停滞でした。去年は後半四か月ほど日本を離れていました。それもありますけれど、人間の転換点だったんだと思います、自分自身。誰でもありますよね、そういう時期が。私の場合、7〜8年に一回くらいの感じで、大きく変化するって感じです。久しぶりに、そういう時期が来て、ようやく、その脱皮の期間が完了したと感じます。「更新されてないね」と気にして下さった方が少数いらっしゃいます。その方々に、心から御礼を申し上げたいと思います。だって、気にして下さるんですから、それだけで、ありがたいと思っています。感謝です。ちなみに、体調は、あきれるくらい絶好調です、念のため。  

  きょうのお話は、ここまで。

  面白いお話、出てこい。
    もっと早く、もっとたくさん。

2011/2/26

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
  主婦の友社     定価 \2,100-

  イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝

  

  

ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。

本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。

私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内

 2010年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。また、4月号から新たに

大修館書店発行の月刊『英語教育』での連載が2年目に入りました。欧州の食世界をさまざまな視点から読み解きます。ぜひ、ご一読を。

 というわけで、エッセイもカルチャーでのお話も、

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。

 歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。

詳しくは→こちらへ。