2011/11/21
2011年12月11日(日)午前10:30から、東京駅そばのブラッスリー・オザミを会場に、「画家ロートレックと印象派の画家たちの食卓」と題して、お話します。詳しくはこちらをご覧下さい。で、いったいどんな内容になるのか、「話のさわり」を皆様にご紹介致します。
ロートレックにとっては、絵画も料理も、結局は同じことだったのではないでしょうか。そのどちらにおいても、自分自身を表現し、これ!と思われ独創的な世界を目指して徹底的に努力する。時に行き過ぎるほどの探究心。情熱と精神の集中。鋭敏な感性と、その感性を満足させるものを産み出すことのできる「腕」を持って生まれた者だけが実現できた世界が、ここにはあります。

わずか36年と9ヶ月少々という短い生涯。それにもかかわらず、果てしのない創造欲から生み出された作品の数が厖大であることは、よく知られています。料理についても同じです。数えきれないほどの宴席を自ら主宰して多くの人々を招き、様々な独創的な料理を自らの手で作り出しています。では、それはどのような料理だったのか。
味覚の基礎は誰しも、子供時代から二十歳前後までに作り上げられます。ロートレックの故郷は、フランス南西部。その中心都市で、自身の家名にもなっているツールーズにほど近い、小さな町アルビです。そこに建つ、古い歴史を誇る砦のような武骨な貴族の館、これがロートレックの味覚の出発点です。
所領をもつ貴族の館は、自給自足が基本です。自家の所領でとれる野菜、穀物そして果実。専用の牧場で育てられた家畜からの食肉と自家製の乳製品。さらに貴族の特権としての狩で獲れる、野鳥やイノシシや野ウサギの類。そしてワインとアルマニャックに代表されるブランデーなどの酒類。フォアグラを含め、こうした自家製の素材を使って作られた、ツールーズという地方色の濃い、たっぷりとした濃厚な料理。これがロートレック一生の味覚の基礎となっています。

南西フランスですからガーリックは欠かせません。大作家アレクサンドル・デュマにならって、28種のハーブを使いこなし、とりわけ好んだナツメグは、食卓で削り下ろして様々な料理や飲み物に振りかけたと言われます。海の幸ならオマール海老。味の分かる親しき友には、ハトとオリーブを使った特別な料理。デザートは、ウィスキー入りのイチゴのグラタンをソーテルヌ(白のデザートワイン)で、という凝りようです。
貴族出身とはいうものの、駆け出し時代は他の画家たちと同様、お金に追われる日々を送っています。ようやくモンマルトルにアトリエを構えてからも、ひっきりなしに母親に手紙を書き送り、あれやこれやを送ってほしいと泣きついています。その一例を挙げてみると、母が経営していたワイナリーからワインはもちろん、トリュフ、季節の野鳥、肥育鳥など。驚くのは「フォアグラの壺を早急に12個送ってほしい」とか、「ワインはひと樽(約250リットル)をそのまま送ってもらえば、こちらで瓶詰めするから...」というような途方もないことを訴えていること。料理人の手紙かと勘違いするほどの情熱です。

そんなアトリエの食卓に人を招くとき、ロートレックの食卓セッティングはむしろ保守的でした。余計な飾りを嫌い、テーブルクロスの上には僅かな花が置かれる程度。家に伝わる銀器とリネン類を毎回きちんと並べたといいますから、子供の頃から慣れ親しんだ習慣を、旧家の誇りと共に堅持した、ということになりそうです。

そして、ロートッレックといえば、命を縮めるほどに好きだったお酒です。プロのバーテンダー顔負けの手さばきでシェイカーを振り、実に様々なカクテルを考案してお客を驚かせています。なかでも、グラス越しに各種リキュールが七色の層を為す「虹のカクテル」でもてなしたことが知られています。食卓で水を飲む人を軽蔑し、それを明言する意味で、食卓には必ず水を一杯にしたデカンタが置かれ、そこに金魚を泳がせていたというユーモアと皮肉。そんな途方もない、面白いエピソードが一杯のロートッレクの世界。当時大きく発展しつつあったレアール中央市場、モンマルトルの夜の世界についても、お話し致します。
ところで、このロートレックと同時代を生きながら、対照的な世界に生きていたのが、画家ルノワールです。その健康的な、昼の明るい世界と対比させることで、世紀末パリ文化の面白さと凄さを、皆様にお伝えしてみたいと思っています。

「美術史からの視点」ではなく、お料理と食材の背景を歴史的に解き明かす「食文化史の視点」を、おいしい食事と共に、お楽しみください。当日は、ロートレックのレシピにちなんだ、特別メニューをご用意する予定です。どうぞお楽しみに。詳しくはコチラをご覧下さい。
きょうのお話は、ここまで。
面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。
2011/11/21

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
主婦の友社 定価 \2,100-
イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝
ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。
本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。
私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内
2011年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。
「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。
歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。
詳しくは→こちらへ。
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