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主婦の友社

「プラスワンリビング」

9月7日発売号

「アンティークシルバー

の思い出」


銀器の歴史に秘められた
人間ドラマを語る連載第8回

今回の主人公は

16世紀欧州銀器世界の

「影の帝王」


アウグスブルク

フッガー一族


銀山と銅山そして交易のネットワークを通じて一族が築いた莫大な富が、銀器の世界にもたらした興味深いお話です。

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第68回「危ない歯磨きの発見者」

2007/10/7


 今年の五月頃のことではなかったでしょうか、中国製の練り歯磨きに人体に有害な成分が含まれている製品があるというので、ひと騒動になったのは。

あのときは、百円ショップに売られている歯磨きや、ホテルや旅館の客室に置かれている歯ブラシとセットになっている小さな歯磨きなどを中心に、日本全国で回収騒ぎが起きて、かなり大きな話題になったのではなかったかと思います。覚えていらっしゃいますよね、この事件。

そして、その頃からではなかったでしょうか、急に中国製の様々な製品について「安全基準を満たしていない」商品が次から次へと見つかって、特に中国製品が溢れるアメリカでは、なんだか中国製品バッシングみたいなことになっていったのは。今もその流れはますます大きくなって続いていますけれど、この歯磨き事件が一つの大きなきっかけになったように思います。

では騒動の源となった「危険な歯磨き」ですが、一体全体どこの誰が最初に、このことに気づいたのでしょうか。「中国製の歯磨きの中には、人体に有害な成分が含まれている製品がある」という事実を最初に指摘したのは誰だったのか、という問題です。

日本で大騒ぎになったのは、世界保険機関(WHO:World Health Organization)からこの問題についての連絡があったことがきっかけだったようです。では、世界保健機関という世界中に広がりのある組織の、どこが最初に、この「危険な歯磨き」情報を発信したのでしょうか。これがなんとパナマなんですね。世界保健機関のパナマ支部とでも呼ぶべきなのでしょうか、とにかく、あのパナマ運河のパナマが発信源だったのですね。

私がこのことについて知ったのは、報道を見たからです。何で見たかというと、ニューヨークタイムズの報道です。なぜパナマが発信源となったのか。ここに非常に興味深い事実が隠されているわけです。それをニューヨークタイムズの記者が丹念に探っていった様子が、短いビデオリポートにまとめられていて、それを私は買ったばかりの新しいiPod-nanoで見たわけです。グローバル化する世界そのものを象徴するような話だなあと思いつつ。

結論から先に言ってしまうと、この重大な事実に最初に気がついてこれをパナマの保健機関に連絡したのは、パナマ市の貧民街に住むエデュアルド・ウォリアスという51歳の独身男性なのです。チビで小太りで丸顔で、何だか私みたいですけど、肌は褐色で英語で「インディアン」と呼ばれる類に属する見かけの人です。何をして暮らしている人か一切リポートでは触れていませんでしたけど、目がインテリジェンスを感じさせる人だと思いました。学校の先生とか、そういう感じですね。貧乏だけどインテリジェンスがある。その反対より素敵ですよね。

エデュアルド・ウォリアスさんは記者のインタビューに答えていわく「私はね、細かいことを気にするタイプなんですよ。あの日もこのよれた商店街をぶらぶらしながら音楽CDを2〜3枚買って、それから練り歯磨きを買って家に帰りました。そして箱に書かれている成分表を読んでみたわけですね。そしたら、そこに人体に有害な成分がはっきりと表示されていたんです。これ、まずいんじゃないかなと思って、そばの保健所に行ってみたんですけれど、私みたいな者、お役所はまるで相手にしてくれないわけです。

そんな面倒なこと、隣町の役所に行って言ってくれってね。仕方ないから私、そこまで行きました。この歯磨きちょっと危ないんじゃないかと。そしたら、また同じような反応で、もっと大きな保健所に行ってくれって言うわけです。そこで私は考えましてね、その歯磨きをそこに置いていくから、あなたの方でその大きな保健所にこれを送ってくれませんかと頼んでみたわけです。そしたら、それくらいはやりましょうということで、そこまでが私のやったことです。」

ちょっと意訳して分かりやすい形にしましたけれど、ざっとこんなことをオジサンは答えているわけです。

その後、この歯磨きを検査したパナマ保健局は、これを人体に有害と判断し、この製品の国内からの撤去を命じると共に、これを世界保健機関に報告します。あとはあっという間にこの情報が世界に広がって、世界中で大騒ぎになっていったというのが、事の顛末なのです。私が見たビデオリポートをうる憶えで再現しているので、細かい部分は記憶に自信がありませんが、おおまかなところは、ざっとこんな感じです。

非常に興味深い話だと思いませんか。日本にだって同じような歯磨きがかなりの量輸入されていたのに、誰も気がつかなかった。その製品の輸入にかかわった人々は誰一人、気がつかなかった。たぶん、成分表示なんて気にしていなかった、ということではないでしょうか。

薬学系の知識がちょっとあって、品物の成分表示を丹念に読むという注意力があれば、誰だって気がついたはずなのに、日本でもアメリカでもヨーロッパでも中東でも、誰一人気づかなかった。こういう事って、あるんですね。

この広い世界でたった一人、パナマ市の貧民街に住むインテリの、でもちょっと淋しげな独身のオジサンだけが気がついた。いつも街をふらふらしていて、安いもの安いものと探して買い求めるような、でも、「細かいことを気にする」オジサンだけが気がついた。なかなかいい話だと思いませんか。

それにしてもなぜパナマだったのか、ということをさらに追求していくと実は、銀の歴史とも関係する歴史的かつ地政学的背景と、世界のグローバル&フラット化を象徴するような事態が浮かび上がってくるのですが、話が長くなりますから、今日はここまでにしておきましょう。

大新聞に出ているトピックを紹介するなんて、なんだか芸のない話ですが、周囲の何人かに尋ねてみたら誰もこの話を知らないというので、敢えてご紹介することにしました。

きょうのお話は、ここまで。

面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。

2007/10/7

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いろいろな場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。話の内容は様々ですが、基本テーマは一つです。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」

歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事。銀器という枠を越えて、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さについて、お話ししたいと考えています。

詳しくは→こちらへ。