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主婦の友社

「プラスワンリビング」

9月7日発売号

「アンティークシルバー

の思い出」


銀器の歴史に秘められた
人間ドラマを語る連載第8回

今回の主人公は

16世紀欧州銀器世界の

「影の帝王」


アウグスブルク

フッガー一族


銀山と銅山そして交易のネットワークを通じて一族が築いた莫大な富が、銀器の世界にもたらした興味深いお話です。

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第63回「20年ぶりのTATI、その1」

2007/8/23


 今から二十年前のことになる。パリのベルヴィル公園という所を訪ねてみたことがある。

行ってみて驚いたのは、それが一目で「危ない街」の典型だと感じられる、そうした街の真ん中にその公園があることだった。周囲の建物はどれも古く荒れていて、窓にガラスが入っていなかったり、そこに板が打ち付けられたりしていて、その間から住人が我々の姿を鋭い視線で見つめていたりする、そんな地域だった。

公園の周囲には人がほとんど歩いていなくて、たまに出会うのは、所在なさげに道端にたむろする濃い褐色の肌の若者達であって、彼らの視線もまた、よそ者を射るような攻撃的な視線だったことは忘れられない。

なぜ、わざわざその公園を訪ねることになったのかといえば、ある若い建築家が書いた現代建築紹介の本を当時私が手にして興味を引かれたからだった。その本にはベルヴィル公園について「現代建築の都市設計における意欲的な挑戦」というような事が書かれていたと思う。そんな本を読んだだけで公園を訪ねてみるというのには、それなりの背景がある。

「建築家になりたい」私は子供の頃そんな思いを抱いたことがあって、高校2年生の頃まではかなり真剣に、建築学科に進学することを考えたりしていた。だから、建築とはまるで関係ない方向に進んでからも建築雑誌を定期購読したりして、町並みや建築については、あれこれ関心があったのだ。だから、その本の記述に心が動かされ、多少は危ない街であるらしいと事前に知っていながらも、好奇心の強い私は不安がる連れ合いを引っ張って、公園まで行ってみたのだった。

そうやってたどり着いたベルヴィル公園は、一体この公園のどこが「現代建築の意欲的な挑戦」であるのか素人にはよく分からず、それでも、崩れかけた建物が並ぶ街に突然こうした「設計された現代」が出現する陰影の大きさに、建築家達は新しい意義を見出しているのかもしれない、などと想像するほかなかった。

しかし、実際にいってみてよかったと思ったのは、そこに、現代の欧州都市労働移民の暮らしをかいま見ることができたことだった。2007年の今、ヨーロッパの大都市ではどこでも、押し寄せる労働移民の問題が非常に大きな社会&政治&経済問題になりつつある。二十年前のベルヴィルで私が出会ったのは、その萌芽だったような気がする。

パリのベルヴィルという地域は当時、フランスに労働移民としてやってくるマグレブやアフリカ系の人々が合法不法入り交じって多く集まる地域として知られ始めていて、彼らの置かれた厳しい労働環境を反映して、地域が荒れ、パリの中でも「危ない街」の一つとして定着しつつある、そういう場所だった。

そうした「街の荒れた環境」を少しでも改善しようという試みの一つとして、その地域に新たに公園を整備して、それによって少しでも地域の心の安らぎの一助になればということで誕生したのがベルヴィル公園だったのだ。たしか当時ニューヨークやロンドンでも「荒れた街」に公園を整備することで地域の治安が回復した、というようなことが話題になっていて、そうした同じ流れの中で生まれたのが、このベルヴィル公園であったのだと思う。

訪ねた日が週日のお昼過ぎであるにもかかわらず、ベルヴィル公園には人っ子一人いない異様さで、丘の中腹にある眺めの良い公園で15分ほども過ごしただろうか、あちこちの建物からこちらを覗く強い視線を感じ、何やら一種の不気味さを覚えて、早々にその公園を出て坂道を右往左往しながら、やがてモンマルトルの下にあるピガールの方に向かって歩き始めたのだった。

しばらくして歩く人の姿がぽつぽつと見え始めた頃、脇の道から、若い頃のアラン・ドロンを思い起こさせるような、びっくりするほど美しい顔立ちで仕立てのいいスーツを着こなした若者が飛び出してきた。濃い褐色の肌、濡れ羽色の真っ黒な髪そして大きな黒い瞳。そんな彼がきちんとネクタイを締めて肩から立派な革のバッグを提げている姿は、いかにも、遠い国からやってきたエリート子弟という雰囲気が一杯だった。

我々は彼の美しさに目を引かれていたのだが、彼はスッスッと足を速めて我々の前を前方に進んでいく。見ると前方には、太った白いフランス人の中年女性がおしゃべりに興じながら歩いている。彼女たちは二人とも、買い物籠のような大きなバッグを肩から提げていて、籠からはいろいろなモノが首を出している様子が見えるほどだった。

美しい若者はその二人の後ろに並ぶ形になり、そして、僅かに体を横に動かした瞬間、彼の右手が右側のオバサンのバッグの中に入って財布をつまみ上げていた。そしてその様子が我々の目に、まるで望遠レンズで撮影されたドラマの一場面のようにはっきりと見えて、私は連れ合いとビックリして目を交わして視線を戻したその時だった。彼が後ろを振り返り、我々を恐ろしい視線でにらみつけてきたのだった。

彼と我我々の距離は、6〜7メートルというところだったろうか。しかし、まるで1メートルの至近距離から睨まれたのではないかと思うほどの強烈さで背筋に恐怖を覚えた。「これは危険だ」と思った私は連れ合いに「危ないから逃げよう」と言って、すぐに脇道に入り、訳も分からず早足であちこち動き回って、五分ほどして沢山人が歩く広い通りに出て安心したのだった。「泥棒が逃げずに、目撃者が逃げる」というのも馬鹿な話だが、今でもあの時の判断は正しかったと思っている。

さて、そのどことも知れない多くの人が歩く広い通りに、ひときは沢山の人が集まって吸い込まれていく建物が目に入ってきた。それが何やら面白そうなので、我々も人の流れに乗るようにして、そのにぎやかな店に入ってみた。それが他でもない、知るひとぞ知る花のパリは18区にある「TATI」の本店であった(●次回へと続く)。

 

きょうのお話は、ここまで。

面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。

2007/8/23

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いろいろな場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。話の内容は様々ですが、基本テーマは一つです。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」

歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事。銀器という枠を越えて、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さについて、お話ししたいと考えています。

詳しくは→こちらへ。