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大原千晴

名画の食卓を読み解く

大修館書店

絵画に秘められた食の歴史

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シオング
「コラージ」1月号

卓上のきら星たち

連載54回

イタリア料理の貧困時代

 

不定期連載『銀のつぶやき』 大原千晴
第146回 幻のソニア・リキエル書店

 
 

 

 
2016/01/30

 

 「銀のつぶやき」1年4ヶ月ぶりの更新です。ようやく様々な事態が落ち着いて、一歩づつ歩みを確かめながら、先に進み始めました。もう、2016年、平成28年になっていたのですね。

 

 おそるおそるの再スタート、まずは、編集思考室シオング発行の月刊ウェブマガジン「コラージ」2015年10月号に掲載の「幻のソニア・リキエル書店」を、僅かに手を入れて、ここに再掲載させて頂きます。古本屋のような部屋に暮らす男は、この店との出会いに、一瞬、幻を見た気がしたのです。

 

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 梅雨明け前の小雨模様の夕方だった。ヨックモックや有名ブランドショップが並ぶ青山の御幸通り、その一本裏の道を表参道方向に歩いていたら、突然正面に、天井まで壁一面に本が並べられた驚くべき店舗に出くわした。ここは確か高級ブティックだったはず。いったいいつ、こんなすごい本屋が出現したんだ...。いつも自分の部屋で本の山に埋もれている私は、高さ4mはあろうかという「本の壁」に引き寄せられるようにして店内に足を踏み入れた。

 

 

 ふと気が付くと、本の壁の前に、雰囲気のある洋服が並んでいる。やはり本屋ではなく、ブティックだった。で、お店の女性に尋ねてみた「本も商品?」。「ぜんぶ本物の本ですけれど、これ、店の装飾なんです」「このお店、なんていうお店?」「ソニア・リキエルです」。「それにしても、本の数が半端じゃないね?」「はい、全部で約1万6千冊あります。パリ本店のある、サンジェルマン・デ・プレ界隈に溢れるボヘミアンな精神、これを映し出すような文学カフェの雰囲気を出したかった、と聞いています」

そのひと言で思い出した。リキエルが追い求めるボヘミアンな精神を象徴する、凄い古本屋さんがかつてパリにあったことを。

 

 リュクサンブール公園にほど近い、パリ6区リュ・ドゥ・ロデオン12番地。1919年この場所に「シェイクスピア・アンド・カンパニー書店」が引っ越してきて開業する。

その頃のパリでは極めて珍しい「英語の書籍専門の書店兼貸本屋」で、店主はアメリカ人女性シルヴィア・ビーチ32歳。当時、圧倒的なドル高だったこともあり、米国からの輸入書籍は極めて高価。フランスの本の10〜20倍という贅沢品であったため、パリ在住の英米人を中心に、会員形式の貸本屋が成り立つ余地があった。

 

 店の向かいの7番地には、ビーチより5歳年上のアドリエンヌ・モニエが営むフランス書籍の書店兼貸本屋。ビーチとモニエは出会った途端に意気投合し、いつしか同性の恋人となっていく。そんな二人が大手を振って歩くことのできる自由が、パリにはあった。この時代、英国で同性愛は犯罪扱いであったし、禁酒法が成立するようなピューリタン的な堅苦しさが残っていたアメリカでは、同性愛者たちは社会の片隅で隠れるように逼塞するほかなかった。パリは、世界でも特別な場所だったのだ。

 

 そのパリでは第1次大戦(1914-18)後、何もかもが革命的に変化しつつあった。例えば女性ファッション。戦前の帝王ポワレのエレガントな夜会にふさわしい雰囲気の服はもはや時代遅れに。4年に及ぶ戦争の間、男たちの消えた社会のあらゆる部門で、女たちは必至に社会と国家を支え続けた。そこに、戦地で傷つき消耗しきった男たちが続々と帰還してくる。これを優しく包み込んで介抱する女たち。「女の時代」の始まりだった。

 

 

 

 第1次世界大戦の後こうして登場した「新しき女たち」が求めたのは、オフィスで活き活きと働き、リゾートで躍動する女達に焦点を当てた、ココ・シャネルの服だった。絵画の世界では、モンパルナスに集結し、ロトンドやル・ドームといったキャフェに集う「乞食芸人のような異様な男たち」が、無視できない存在になり始めていた。

 

 ピカソ、ブラック、ダリ、ミロ、キスリング、モディリアーニ、フジタ....。写真では、マン・レイ。バレエの世界ではディアギレフ率いる「バレエ・リュス」が革命を起こしつつあった。ニジンスキーの圧倒的にモダンな振付と妖しい魅力、『春の祭典』に象徴されるストラヴィンスキーの画期的に新しい音楽、バクストの舞台衣装、コクトーの脚本、そして時にピカソが手がけた舞台美術。アポリネール、ピカソの親友マックス・ジャコブさらにアンドレ・ブルトンといった詩人たちの活動も無視できない。バーやクラブといった夜の世界では、新たにジャズが熱狂的に受け入れられ、見事な肉体美でコミカル&セクシーに踊るジョセフィン・ベーカーは、男たちの視線と心を鷲掴みにしていた。そんな雰囲気の一端は、ウッディ・アレンの映画

『真夜中のパリ』に、幻想的に描かれている。

 

 このようにパリの至る所で、新しい何かが蕾を開き、胎動し、爆発し始めている。その強烈な渦の吸引力によってパリには世界中から自由を希求する若き男たちと女たちが続々と集まってくる中で、本を読み文章を綴ることがやめられない英語圏の人々が集結したのが、シェイクスピア書店だった。お客の大半は、故郷を捨ててパリにたどり着いた、若きデラシネ(根無し草)たちで、彼らに対してビーチは、優しく寛容だった。アパルトマンを転々とする彼らに、郵便物の受け取り先として書店の住所を使うことを許し、お金がなければ、図書の借り賃を後払いにしてやり、新参者にはあれこれ紹介の労を取ってやることを厭わなかった。

 

 当時の書店の顧客名簿を今見れば、その顔ぶれに驚くほかはない。ヘミングウェイ、ジェイムズ・ジョイス、ドス・パソス、スコット・フィッツジェラルド、ヘンリー・ミラー......。フィッツジェラルドを除けば全員が、無名作家の時代だ。中でも現代文学の革命的原点とも言われるジェイムズ・ジョイスの作品は、当時その一部の表現の「わいせつ性」から、書籍としての出版が困難だった。その困難を、店の軒が傾くほどの資金と情熱で出版したのが、シェイクスピア&カンパニー書店の店主シルヴィア・ビーチだった。そして、その仏語版を引き受けたのが、向かいの書店モニエの店だ。後にノーベル文学賞を受賞することになるヘミングウェイは、ビーチの書店で支払を猶予されながら様々な本を借りて読み、安酒を飲み歩き、新婚の妻と小さな子供をかかえながら、ひたすら書き続けて、作家として大成していく。シェイクスピア書店を抜きに現代英米文学史を語ることはできないと言ってもいいくらいだ。

 

 梅雨明け前の南青山、幻のリキエル書店の書棚に、私は一瞬、百年前のパリ左岸の胎動を見た気がした。

 

  きょうのお話は、ここまで。

  面白いお話、出てこい。
    もっと早く、もっとたくさん

2016/1/30

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
  主婦の友社     定価 \2,100-

  イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝

  

  

ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。

本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。

私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内

 2011年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。

 歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。

詳しくは→こちらへ。