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主婦の友社

「プラスワンリビング」

5月7日発売号

「アンティークシルバー

の思い出」


銀器の歴史に秘められた
人間ドラマを語る連載12回

今回の主人公は

18世紀末ロンドンで活躍した

女性銀職人

ルイーザ・コートルド

二百年前のロンドンで

女性が銀職人として働くとは

どういうことであったのか

その一端をご紹介しています。

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第75回「午前四時のビラ配り」

2008/5/11

 
 

  あっ、また彼女が歌っている。窓の外から女の歌声が聞こえてくる。いつも早いな。まだ朝の四時を回ったばかりだ。窓の隙間からのぞき見してみたいな。でも、やめとこう。気づかれては困るし、それに…。だから未だに彼女の姿を見たことがない。

 歌の調子からすると少し前の安室のヒット曲らしい。それがアユであったりヒッキーであったりすることもあるみたいだ。などといってみても最近のヒット曲にはまるで疎いので、なんとなくそんな感じがする、というほうが正確だ。

 どうしてそんな朝早い時間に彼女は歌いながら道を歩いているのか。初めて耳にしたとき、ちょっと頭がおかしい人が…と思った。でも、何度か同じ時間帯に通り過ぎるのを聞くようになってから、だんだん事情が分かってきた。彼女、ビラ配りのアルバイトをしているのだ。彼女の歌声が聞こえるきには必ず、我が家の郵便受けに何かが投げ入れられる音がするので分かったのだ。

 わざわざそんな早い時間に配って歩くのは、きっと家庭の主婦であるか、お勤めがあるからだ。もし昼間の仕事を持った上で、早朝のビラ配りをしているとすれば、昼間の仕事は残業などがない仕事でないと、この時間のビラ配りはできないはずだ。などと見ず知らずの女性の暮らしを想像してみたりする。

 私はいつもこの時間、机に向かっている。机は窓に面して置かれている。彼女の歌声は、その窓を、左からやってきて右へと移っていく。ときどき道沿いの郵便受けにビラを投函する音が入りながら。

 歩きながら「鼻歌」を歌うという人は、そんなに珍しくはない。でも、彼女の歌は、とても「鼻歌」なんてレベルじゃない。誰が聞いたって「彼女歌うまいねえ、まさか歌手の道めざしているんじゃないだろうね」なんていいたくなるような、それくらいのうまさなのだ。

 歌声だけから年齢を推測するのはむずかしい。でも、そんなに若い声じゃない。三十歳前後じゃないかという気がする。何度か耳にするうちに気が付いたことがひとつある。それは何かというと、彼女の歌声は、いつも楽しげだ、というそのことだ。

 歌う喜び。それが伝わってくるのだ。そのことに気が付いてからは、彼女が歌手を目指して「歌の練習」しているワケじゃなさそうだと思うようになってきた。朝の四時前後という時間に、時に大きな声になりそうなるのを必死に抑えながら歌うビラ配りの女性。

 何かを考えるということなしに、体の中から、心の中から自然に歌が出てくる。歌うことを仕事にしていないけれど、でも、とにかく歌が好きなのだ。だから、いつだって、歌わずにはいられないのだ。

 きれいな色の組み合わせを楽しみたい、言葉の組み合わせで遊びたい、面白いお話を作りたい、おいしい料理を作りたい、跳んだり跳ねたりしてみたい。そして、歌を歌いたい。

 そういう素直な気持ちをストレートに表現することを遠慮しない。人様の目や耳を気にすることなく、自分の心に正直に自分を表現してみること。子供の時から持って生まれた個性を無理に抑えて大人のフリをするのではなく、時に、一気に自分自身に正直に時間を過ごしてみること。それが真の楽しさを生みだす源には大切ことなのだと最近つくづく思う。

 こうした個性を強く持って生まれた人間は、自分の心と体の中に潜む強い欲求を無理に抑え続けるとき、いつか心や体を病んでいく。自分の思いを自由に表現する。そこから心の躍動が生まれる。元気になる。大人の仮面なんて投げ捨てて。

 だから午前四時にビラ配りをしながら歌う歌に、楽しさが溢れているのだ。会って話をしてみれば絶対、楽しい女性に違いない。今朝久しぶりに彼女の弾む歌声を耳にして、そんなことを思った。

 ところで、私の心の中にある歌姫のイメージを崩したくないので、窓からのぞき見なんてしないことに決めている。安室奈美恵であることを期待しつつ、島津亜矢だっていいと思っている。だって、彼女の「歌は」すごくいいのだから。

きょうのお話は、ここまで。

面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。

2008/5/11

■講座のご案内

2008年の講座は、これまでになく充実したものとなるはず。当の本人が、大いに乗って準備していますから。どうぞお楽しみに。

いろいろな場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。話の内容は様々ですが、基本テーマは一つです。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」

歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事。銀器という枠を越えて、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さについて、お話ししたいと考えています。

 

詳しくは→こちらへ。