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主婦の友社

「プラスワンリビング」

1月7日発売号

「アンティークシルバーの思い出」連載第4回


人間を主役に銀器と歴史を語る、ユニークな連載第4回目は、フランスから英国に亡命したユグノー教徒銀職人の波瀾万丈パートT

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不定期連載『銀のつぶやき』
第49回「シナトラとコンピューターその1」

2007/1/29

タイプライターの話を綴っているうちに、思い出した。だいぶ昔の、そう、今から四半世紀も昔の夏のことを。あれは青空が毎日続く、暑い夏だった。

今日で何日目になるだろうか。毎日同じ作業の繰り返し。目の前には、15インチほどのモノクロ・ディスプレイ。画面には、モノクロフィルムのネガが、ぼんやりと映し出されている。画像ではない、英文の新聞記事だ。ネガフィルムの黒い背景に白く浮かび上がる細かな文字。作業を続けていると、目が疲れる。だが、もう何日間も、その作業を繰り返していた、まるで何かに憑かれたかのように。

マイクロフィルム化されたニューヨークタイムズの記事を、フィルムリーダーで読んでいるのだ。めざす記事を見つけたら、手元のレバーを押す。すると、その部分が、ちゃんと白地に黒の文字で、感熱紙に印刷されて出てくる。ひと世代前のファクスと同じ原理だ。ジー、ガチャン。ジー、ガチャン。ジー、ガチャン。

一台のリーダーで印刷できる枚数には限りがある。毎日、三台のリーダーの感熱紙を、私一人で使い切っていた。一台につき百枚くらい「印刷」していただろうか。初めて行った日に、二台分の感熱紙を使い尽くした私は、思わず周囲を見回した。係の人に叱られるのではないか、それを心配したのだ。

だが何日か通ううちに、そんな心配は無用だということが徐々にわかってきた。なぜなら、その贅沢な施設でリーダーを使っていたのは、いつも私だけだったからだ。

その贅沢な施設とは、どこのことか。その頃、芝にあったアメリカンセンターだ。アメリカ政府の文化広報機関と表現したらいいのだろうか。その図書室にはコンパクトながらよく考えられたセレクションの図書と雑誌が集められていた。その中に、私が探していたNYタイムズのインデックスと記事のマイクロフィルムがあったのだ。

当時の東京で、この二つのモノがある程度整備されて閲覧できるところは、ほとんどなかった。東大の新聞研究所は例外だったが、一般人の閲覧には難しい手続きが必要だったと思う。NYタイムズインデックスについては、私の母校を含めて幾つかの大学の図書館そして国会図書館に数年分ずつが所蔵されていた。しかし、いずれも僅か数年分ずつ。

肝心の記事本体のフィルムとなると、これはもう、東大以外には、どこにもなかったような気がする。その頃はまだ、物事を調べるにはどうすればいいのか、その方法自体まるでわかっていなかった。それでも、とにかく知りたい、という思いだけは強くあった。何としてでも調査したかった私は、あれこれ調べていくうちに「アメリカンセンター」という場所で閲覧できるということを知ったのだ。念ずれば通ず、文字通りそういう感じだった。

朝十時に入って午後四時過ぎに出る。朝多めに食べて昼は抜き。この作業のために実質、三週間近く費やしたと思う。1942年から1975年まで、約35年分の新聞記事から、ある人物に関する記事を探し出してリスト化し、その記事の掲載された日のマイクロフィルムを借り出す。それをフィルムリーダーに掛けて、記事を印刷する。自分が知らなかった記事が幾らでも出てくる。楽しくて仕方がなかった。

毎日午前中は、ニューヨークタイムズインデックスと格闘する。これは文字通り「格闘」と呼ぶにふさわしい行為だった。というのも、この本は、縦40cm*横30cmほどもある大きさで、表紙は赤い革張り。そこに金の文字でタイトルが描かれていた。問題はそのページ数だ。もうはっきりとは覚えていないけれど、辞書に使われる薄い紙が使われているにもかかわらず、10cm近い厚さがあったように思う。各巻三千ページ近くあったのではないだろうか。

両手でやっと持てる大きさで、ズシリと重い。革表紙を開くと本文は、三省堂のコンサイスと大差ない小さな文字がビッシリと、その大きなページを一杯に埋め尽くしている。圧倒的な情報量だ。

この毎年発行される「NYタイムズインデックス」を初めて実際に開いてみたとき、私はちょっとした衝撃を受けた。なぜなら、これさえあれば、その一年間に、誰に関してどんな記事が掲載されたか、記事の掲載された日と新聞のページ数、そしてコラムナンバーと記事の要約を、おおむね漏れなく知ることができたからだ。なぜ、そんなことに驚いたのか。それには、ちゃんと理由がある。

当時も今も、日本の大手新聞社は各社そろって、新聞の縮刷版というものを発行している。図書館で見たことのある方も多いことだろう。私は当初、あれと同じようなモノをNYタイムズも出しているのだと思ったのだ。ところが、実際に中を開いてみて、仰天した。日本の新聞の縮刷版と、タイムズのインデックスとは、まったく違うものだったのだ。

何がどう、違うのか。タイムズのそれは文字通り「インデックス」=「索引」だったのだ。人名、場所、事件名など、一年分の記事に関する項目索引の集大成といっていい。たとえばカラヤンのような有名人の場合は、その名前をキーワードとして探せば、その一年間に掲載されたカラヤンに関する記事が、何月何日の第何面に掲載されているか、ということをほぼ漏れなく知ることが出来る仕組みになっている。

かたや日本の新聞社の縮刷版。こちらは、すべての記事が写真化されて日付順に掲載されている、ただそれだけのもので、この当時は記事を探すための索引とよべるようなものは、基本的には備えられていなかった。私はそのとき初めて、その重大な落差に気がついた。

索引のない日本の新聞の縮刷版で、何か記事を探すときには、ひたすらそれを1月1日分から読んでいく他ない。これは事実上、記事を探すことができない、というのに等しい。

NYタイムズのインデックスには、記事全文が掲載されているわけではない。しかし、人や場所や主要事件のキーワードで、記事をピンポイントで探し出し、その概要を把握することができる。記事のタイトルと日付と頁数さえわかれば、マイクロフィルムで元の記事に当たり、これを印刷することができる。この索引があってこそ、膨大な新聞記事が、きちんとした情報として役に立つ。生きてくる。

この両者の大きな違い。日本とアメリカの新聞社の、情報というものに関する考え方の、そのあまりの違いの大きさに、私は、目がくらむほどのショックを覚えた。繰り返しになるが、今から三十年近く前の話だ。

実質三週間近く掛けて、私の手元には、びっくりするほど沢山の新聞記事の資料が集まった。ものすごく嬉しかった。ではいったい何の記事を探していたのか。それは、フランク・シナトラに関する記事だった。


次回へとつづく)

 

きょうのお話は、ここまで。

面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。

2007/1/29

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2007年も、いろいろな場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。話の内容は様々ですが、基本テーマは一つです。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」

歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事。銀器という枠を越えて、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さについて、お話ししたいと考えています。

詳しくは→こちらへ。