2011/4/15
東日本大震災と、打ち続く原発問題。被災地とりわけ福島県の皆さんのあまりに深刻な状況を前にしては、何をどう語るべきか言葉が見つからないほどです。震災後一か月を経て「気分転換に」と思って前回の「松茸の土瓶蒸し」の話を書いたのですが、まだまだ気分転換にはほど遠いというのが、実情かと思います。不謹慎と思われたら、お詫びします。そこで今回は、敢えて震災に関連する話をさせて頂きます。「政治的なことは、つぶやかない」つもりでしたが、今回は、ちょっと例外とさせて頂きます。
震災復興の鍵は、まずもって、復興資金の確保にあります。被災した皆さんが、再び元の生活を始められる基礎を取り戻すための資金の確保。もし何らかの形で損害保険が、こうした自然災害をカヴァーするものであったならば、もし、住宅を新築する費用が全額保険金によって担保されるとするならば、皆さんの不安のありようも、現在の状況とはかなり違った、より希望の見えるものになっていたのではないかと思います。
なぜ、そんなことを言うかのか。実は、天災被害に対する保険金の支払いについて、私自身がアメリカで知ったことで驚いたことがあるからです。今から6年前になるでしょうか、アメリカのオクラホマシティを訪ねました。テキサス州の隣にあるオクラホマ州の州都です。この一帯はトルネードすなわち竜巻が頻発することで、全米に知られています。竜巻はハリウッド映画の主題にもなるほど「恐ろしい天災」で、竜巻の映画といえば舞台はオクラホマと相場が決まっています。それくらい「オクラホマ=竜巻」というイメージが出来上がっていて、実際私も滞在中に小さな竜巻に遭遇して、地下シェルターに避難するという事態を目の当たりにしています。
では、なぜオクラホマシティに行くことになったのか。それは、知人夫妻がその1年前に竜巻に被災し、家を丸ごと吹き飛ばされるという状況に陥ったからです。被災直後の写真を見ると、まさに今回の大震災とよく似た状況で、家は土台がわずかに残って一帯はガレキの山。車(頑丈さで知られるボルボのバン)も吹き飛んでフロントグラスが割れるという被害。家のプールには数キロ離れた場所にある建設用特殊車両の駐車場から飛来した巨大なタイヤが浮かんでいたといいますから、その凄まじさが想像できます。
竜巻がやってきたとき知人夫妻は、すぐに地下のシェルターに逃げ込んで、命だけは助かります。被災後はアパート暮らし。やがて約1年かかって、元の土地に新たに家を新築し、再び平常の暮らしに戻っています。その「新しい家を見に来い」という誘いを受けて、これを見に行ったわけです。その顛末は、こちらをお読みください。
さて、ここで強調したいのは、その新しい家を建てるに当たって、「自己負担ゼロで、すべて保険金で賄われた」という事実です。アメリカのことですから、弁護士を立てたりして面倒な交渉の末かと思ったら、さにあらず。保険会社側が非常に親切で、何から何まで被害者の助けになるように、面倒を見てくれたと聞きました。というわけで、ほとんど苦労なしに「家の新築に必要な費用全額が、保険会社から支払われ」ています。
さらに、もうひとつ。昨年(2010年)の秋、再びこの家を訪ねました。地元のアーティスト仲間と長距離ドライブに同行しないかというお誘いを頂いたからです。その話の顛末はこちらをどうぞ。さて、訪ねたとき、その家では大がかりな屋根の修繕工事が行なわれていました。5〜6人ほどの職人さんがチームを組んで、屋根のスレートをすべて葺き替えるという作業の真っ最中です。築6年という、まだ新しい家の屋根を、なぜ葺き替えるのか。もちろん、ワケがあります。
私が訪問するひと月ほど前に、オクラホマシティ一帯で、激しいヒョウ(雹)が降ったのです。ゴルフボール大のヒョウが降ったといいいますから、ちょっと想像を絶します。この一帯は、夏は40度を超え、冬は零下、しかも、年に何度か大きな竜巻が必ず発生するという、自然条件の厳しい土地柄です。そんな気候ですから、ヒョウも降るわけです。このときは市内全域で、住宅の屋根に大きな被害が出た。なので、私が訪ねた当時オクラホマシティでは、そこいらじゅうで屋根の工事が行われていました。屋根の修繕業者は、全米から職人をかき集めて、時ならぬブームに沸きかえっていると聞きました。
さて、問題は、その屋根の補修費用です。屋根のスレートをすべて葺き替えるとなると、半端な金額ではありません。「ヒョウ」は言うまでもなく「天災」です。それが、「この屋根の修繕費用もまた全額、保険会社の支払いで賄われている」のです。それどころか、もっと驚いたことがあります。私の知人夫妻は当初、自分たちの家の屋根に大した被害はない、そう思っていたのだそうです。築6年という新しい家だし、雨が漏るわけでもないし、何も支障がないと。
ところが、保険会社から「大丈夫ですか?」と確認の電話が来た。保険会社の方から進んで「念のために点検の係の人間を派遣します」と言ってきたそうです。点検の結果「修理が必要」ということになり、葺き替え工事に至ったと言います。申請もしないのに、保険会社の方から連絡が来る! その上で補修費用を全額負担してくれる。日本の損害保険会社では、まず考えられない、驚くべき対応だと思いませんか。
では、なぜ、損害保険会社は、それほどまでに保険加入者に対して親切なのか。理由は簡単です。ここで支払いを渋れば、他社との競争に負けてしまうからです。場合によっては保険加入者から、クラスアクション(集団訴訟)を起こされてしまう。そういう厳しさが、アメリカには、ある。
保険会社は金融機関です。金融は資本主義の根幹です。アメリカの徹底した自由を基本とする資本主義は、リーマンショックを引き起こすような、どうしようもない、カジノ資本主義的側面もあります。しかし、非情なまでの競争の厳しさは、被保険者へのサービス競争という果実をもたらしていることもまた、事実です。もちろん、現状ではこうした保険金を支払えない貧困層が増大しつつあることが別の問題なのですが...。
それはともかく、損害保険とは本来何のためにあるのか。毎年保険金を支払っている立場からすれば、アメリカ的な損保の方が、はるかに優れていると感じます。実は、生命保険や医療保険でも欧米に優れた保険があるという類似の事態があります。が、日本の法律では海外の保険に加入することは禁止されている。業界揃っての護送船団方式で「海外の保険会社との真の競争をせずに済む状態」になっている。要するに、お上主導のもとでの「鎖国」です。何のために? 守っているのです、厳しい国際競争から。いったい誰を?
この話は、実は、自然災害と保険金の支払いという問題ばかりか、電力会社と行政すなわち官僚との密接な関係、ということにまで及んでくると感じます。規制する側とされる側が一体化し融合し、チェック&バランスという基本が成り立たなくなっていて、本来あるべき両者の緊張関係が溶解しちゃってる。
今回の原発事故をめぐる、目を覆いたくなるブザマな事態の推移の背景には、この問題が横たわっていると感じます。元大蔵官僚で経済学者で『超整理法』で有名な野口悠紀雄先生おっしゃるところの「昭和16年体制」問題です。この「官僚が巨大な権力を持つ日本の国家構造」が、マスメディアを含めて、どうしようもない制度疲労を起こしている。
鉄壁と思われていたものが、あちこちで崩れ始めている。歴史の転換点ですね。野口先生に「超整理」して頂きたい感じですが、その前に国民が爆発して、大転換が起きそうな予感さえします。
きょうのお話は、ここまで。
面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。
2011/4/15

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
主婦の友社 定価 \2,100-
イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝
ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。
本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。
私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内
2011年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。
「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。
歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。
詳しくは→こちらへ。
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