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主婦の友社

「プラスワンリビング」

7月7日発売号

「アンティークシルバー

の思い出」


銀器の歴史に秘められた
人間ドラマを語る連載第7回


今回の主人公はイタリア・ルネサンス期の激動を生き抜いた
マントヴァ候妃

イザベラ・デステ
極めて魅力的な女性です。


彼女の宮廷の面白さ、興味深い宴席の様子など、銀器文化の奥深い背景を訪ねます。

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第61回「真夏の成田山詣で」

2007/8/1


   八月になると思い出します。もう六〜七年前の出来事になるでしょうか。ひょんな弾みで、真夏の成田に一泊し、成田山新勝寺に参詣したことがあります。

新勝寺さんには申し訳ないけれど、特に何か特別な願い事があって、お参りに伺ったわけではありません。偶然の成り行きです。ちょうどお盆の少し前、夏休みを頂いていた期間中でしたから、8月10日頃の出来事だったと思います。

実は、その日、成田空港で乗り込む予定になっていた飛行機が、突然飛ばないことになってしまったのです。今はもう消えてしまったサべナ・ベルギー航空の成田発ブリュッセル行き直行便です。

我々は予定時間に成田空港に到着し、チェックインのためカウンターに向かい、そこで初めて「誠に申し訳ありませんが、本日のブリュッセル便は運行されないことになりました」と知らされたのです。そして、テレビのニュースで見るような事態に巻き込まれることになったわけです。

なぜ、運行キャンセルとなったのか。ベルギーから到着するはずの便が、機体の不具合で成田に飛んで来なかったためです。八月のお盆直前であり、成田空港は大混雑。当然、振り替え輸送といっても、その当日ではもう、どうにもならない状況です。そこで、その日はサベナ負担で空港付近のホテルに宿泊し、改めて翌日他社の便に乗客を振り分けて搭乗させる、ということになりました。

それにしても仕事の旅ではなかったから、まだ救われました。これが相手との約束があるような仕事の旅であったなら、と思うとゾッとしました。が、とにもかくにも夏休みの旅です。せっかくのベルギー旅行が一日分短くなったのはシャクのタネでしたが、平謝りの係員を見ているうちに、「しょうがないか…」と思われ始めてきたのも事実です。

飛行機は確か午前十一時頃出発の予定だったでしょうか、その時刻には我々はバスで空港近くのホテルに運ばれて、部屋をあてがわれていました。これがまた殺風景なモダンホテルで、航空会社のクルーがよく利用するとのことでしたが、彼らに同情したくなるような、なんとも薄っぺらなプレハブのような建築で、侘びしいインテリアが今も印象に残っています。

というわけで、少なくともその日の午後半日は、完全にヒマができたわけです。そんな侘びしいホテルにいても仕方がない。そうだ、一度も行ったことがないのだから、成田山新勝寺にお参りに行ってみよう、ということになりました。

フロントで案内図をもらって眺めてみると、新勝寺までは、歩けば歩けない距離ではありません。思い切って歩いてみることにしました。いつも上空から眺めていて、ある程度知ってはいましたが、空港周辺は緑豊かな農村地帯です。

実際、ホテルを出て少し歩くと、そこはもう完全に、緑の香りが一杯の田舎の風情です。灌漑用の用水路があり、我々はその用水路沿いに、所々草で覆われた土の道をたどりながら成田山を目ざして歩いていきました。夏の午後の暑い光を浴びながらも、時おり爽やかな風と出会います。途中バッタの飛ぶ姿を見たり、用水路に小さな魚が素早く泳ぐ姿を目にして、そのまま小学生に戻って、魚捕りと虫取りに行きたくなったほどでした。

やがて風情のある建物が並ぶ門前町に到着。ぶらりブラブラと散策を楽しみながら、成田山新勝寺にお参りし、ちゃんとお守りも頂いて、翌日からの旅の安全をお祈りしました。それまではサベナ航空の勝手さ加減に腹が立ち、大切な旅程を一日つぶされてカッカカッカと腹が立っていたものが、お参りを済ませたら、あら不思議、スーっと怒りの感情が治まっていきました。成田山は間違いなく、ご利益ありますよ。

御仏のお慈悲を頂いたせいでしょうか、ホテルに帰る頃には、「何か得した感じだね」などと脳天気なことを言いながら、殺風景なホテルでサベナからもらった「夕食券」を提示して、機内食並の侘びしい夕食を取り、やがて翌朝を迎えました。

さて、どうなることやらと思いながらバスで空港に到着してみれば、空港で待ち受けていた係の人は昨日とは表情も一転、晴れ晴れとした顔つきで、こう言いました。「お客様、お詫びの印に、スイス航空のビジネスクラスでチューリッヒまで飛んで頂き、ご面倒で恐縮でございますが、そこで乗り換えてブリュッセルまでいらして頂くこととなりましたので、何とぞ宜しくお願い致します。ご迷惑重々お詫び申し上げます。」とのこと。言葉は丁寧ながら、その響きは「これで何か文句あっかーっ」朝青龍という雰囲気でした。

スイス航空のビジネスクラス。お盆のハイシーズンでも席が取れるんですね、このクラスだと。もちろん、文句だなんて、とんでもございません。我々は大喜び。乗り換えは面倒だけれど、エコノミー格安航空券がスイス航空のビジネスクラスに成り上がったわけだから、文句なんて何にもナーシ!でありました。

で、一件落着、じゃあ、ないんです。問題は、チューリッヒからブリュッセルへの、あっという間の短い飛行。これがね、哀しいお話だったのです。

元々が「格安航空券」です。それが「成り上がった」わけです。でも、それは、あくまでも、成田からチューリッヒまでの区間「だけ」。チューリッヒからは再び、格安航空券クラスに「格下げ」。

当然なんです、当然ですよ、元々が格安航空券なのですから。成田のホテルに泊めて頂いて、思いがけずに新勝寺さんにお参りも出来て、しかも、チューリッヒまでは、スイス・エアのビジネスクラス。それで、さらに、ブリュッセルまでビジネスクラスを望むなんて、トンデモナイことなんですよね。わかってます。

でもね、チューリッヒで乗り換えた途端、何だか突然貧乏になったように思われるほど、落差を感じました。分不相応にも。短時間ですけれどね、印象がねえ。サベナさん、「お詫びの印に…」っていうなら、最後までビジネスクラスで通して頂きたかった。もし、そうであれば、「サベナ・ベルギー航空は素晴らしい航空会社だった」といつまでも思い出に残ったに違いないのです。

あの時は正直、思いました、サベナ航空もケチくさいなあと。「何か失敗があったときのリカヴァリーは、上手に対応すればそれにより、何事もなかった場合よりもむしろ、顧客からの信頼を得るきっかけになることが多い」昔読んだビジネス書の一節です。でも、あの当時すでに、航空会社さんには、そんな余裕は残されていなかったのですね。

結局、サベナ・ベルギー航空は、ベルギーという国名を背負っていながら、その後間もなくして、会社そのものが消滅してしまったことは、ご存じの皆様も多いことでしょう。

帰りの便はブリュッセルからちゃんとサベナ・ベルギー航空の格安クラスに乗って無事に帰ってきましたが、結局それが、私にとってはたった一度の貴重なサベナ航空フライト経験となりました。

サベナ航空消滅の過程で、日本支社に勤めていらした方々が、会社側からの一方的な解雇通知を巡ってかなり苦労なさったらしいことを、後に新聞で知りました。あの時私たちに、平謝りに謝って下さった方々も、その中にいらしたのかもしれないなあ、などと思いながら、その記事を読んだことを思い出します。

お盆の旅は、誰しも、いろいろな思い出があるものです。

 

きょうのお話は、ここまで。

面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。

2007/8/1

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いろいろな場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。話の内容は様々ですが、基本テーマは一つです。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」

歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事。銀器という枠を越えて、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さについて、お話ししたいと考えています。

詳しくは→こちらへ。