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不定期連載『銀のつぶやき』
第12回『よその国で見たオリンピック』


                                                                                    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 アテネ・オリンピックの大会期間、その大半をロンドンで過ごすはめとなった。日本選手の活躍が知りたくて、朝と晩の「オリンピックハイライト」とでもいうべき番組を、毎日のようにテレビで見た。

今大会、日本はメダルラッシュになりそうだ。開会前から、そんなニュースが流れていた。本当に大丈夫かと思いつつ、期待した。普段はそれほど、スポーツに関心はない。けれど、今度ばかりは話が別だ。頑張れニッポン、ゴーゴー・ニッポン。たまには、そう叫びたい。我もまたニッポン人なり、なのだ。

英国のテレビでも当然、オリンピック関連の番組が長時間放送されていた。連日のようにそれを見て、私は初めて知った。オリンピックは一つではないと。

私が英国で見たオリンピックは、日本で放映されているものとは、まるで違うものだった。どこかで別のオリンピック大会が開かれているのではないか。そう思われるほど、大きな違いを感じた。

だいたい、日本選手の活躍する場面が、ほとんど放映されない。あの「感動の女子マラソン」にしても、英国で延々と放映されていたのは、途中棄権した悲劇のヒロイン、ポーラ・ラドクリフ選手の映像ばかりである。

女子マラソンの解説者は、こう言った。「ポーラは暑さに負けたのだと思います。こんな暑いアテネでマラソンだなんて。今回のマラソンは、真の女子マラソン世界一を決定するというよりも、あくまでも、この暑さの中での一番強い走者を選ぶ場であった、ということです。ポーラは恥じる必要はありません。涼しい気温の下で戦えば、こんな結果にはならないはずですから」

いくらなんでも身びいきが過ぎる。これには、いささか腹が立った。そんなことより、野口選手の優勝インタビューを早く聞かせろ!でも結局、それは流されなかった。

野球もほとんど放映されていなかったと思う。野球のない国だから仕方がないけれど、「長嶋ジャパン」という言葉さえ聞くことがなかった。水泳だって、日本選手の活躍場面は、少ししか映らなかったように思う。挙げていけば、きりがない。

「バカヤロー!」と叫びそうになった途端、気が付いた。ここはイギリスなのだと。英語圏の国々の選手の活躍ついては、アメリカを筆頭に、オーストラリア、カナダ、それに旧植民地の小さな国々に至るまで、ある程度きちんとリポートされる。しかし、それ以外は、花形競技の上位三選手でもなければ、まるで伝えられることがない。

注目されないのは何も、日本だけではない。次回開催国の中国には多少、光があてられていたが、それも僅かなもの。運動大国ロシア選手の活躍も、更には、独仏伊西でさえも、ずいぶんと軽い扱いだ。当然のことながら、いやでも、イギリス選手の活躍する競技を中心に、見させられることになる。

冷静になって考えてみると、日本だって、日本の選手が活躍しない競技は、花形競技でない限り、放映されることが少ない。オリンピックでは、日本選手が決勝に出場しない競技もたくさんある。そのこと自体を皆忘れているのだ。少なくとも私は、忘れていた。いかにそれが極端か、今回ロンドンで知ることになった。

その代表例。私は、"Decathlon"なる競技があることを知らなかった。「デカスロン」と発音する。ご存じですか、この競技?「十種競技」と訳されていて、日本大百科全書によれば「.....男子のオリンピック種目で、第1日に100メートル、走幅跳び、砲丸投げ、走高跳び、400メートル、第2日に110メートル障害、円盤投げ、棒高跳び、槍(ヤリ)投げ、1500メートルをこの順序で行う。」というものだ。

「近代五種」という競技は知っていたけれど、「十種競技」なんて、聞いたこともなかった。一人の人間が、幅広い運動種目に挑戦する。ある意味では、真の総合アスリートの戦いかもしれないと思い、興味津々で「イギリス選手の活躍」を見た。こんなに面白い競技を知らなかったとは。

また、人工的に作られた難所を漕ぎ分けながら、急流を二人乗りのカヌー(カヤック?)で下る競技のあることも、初めて知った。これなど、急流に恵まれた日本の選手に有利な競技じゃないかと思ったが、少なくとも私は、こんな競技がオリンピックで競われているということ自体、今回初めて知った。

更に、日本ではめったに見ることのない、馬術も大きく取り上げられていた。そして、バドミントン。これがオリンピック競技に入っていたとは。他にも、実にろいろな競技があることを知った。

世界中の人々が「一つに心を合わせて」などと表現されるけれど、オリンピックの放送は国ごとに、およそ違う映像が流されている。というか、そう見えるように、編集されている。当然どこの国でも、自国選手の活躍を中心に放送する。世界中の国々で実は、みんなが違うオリンピックを見ているのだ。たとえ同じ競技でも、同じ試合でも、まるで別の角度から見ている。

その状況を、より色濃く演出するのが、各国の実況アナと解説者たちだ。英国にしても日本にしても彼らは、呆れるほど自国中心的になりがちだ。これに比べれば、プロボクシングやプロレスの解説でさえ、冷静なものに思えるほどだ。それほど、ナショナリズムに燃えている。

そのため、本来は静かな体操競技でさえも、まるで「古館のプロレス実況中継」に近いものとなる。このとき体操は、格闘技と化す。頭にカーッと血がのぼる。そう、しむけられる。そして、多くの視聴者が、それを待ち望んでいる。まずは、選手個人の努力に酔い、そして次に、国旗に酔う。酔いたいし、酔わされたいのだ。

その美酒を求める合い言葉はただ一つ。

「今日の日本選手の活躍は?」

日本選手が活躍しなければ、よほどの花形競技でもない限り、他国の選手が、どんな競技で、どんな汗を流しているのか、まるで知らない。だいいち、興味がない。この点ばかりは、日本も英国も、まったく変わりがない。今回初めて、このことを痛感した。

こんなに単純で、そして重要なことに、なぜ今まで気が付かなかったのか。文字通り、百聞は一見にしかず。実際に異国でオリンピック放送を見ない限り、なかなか実感できないことだと思う。自分の無知を恥じると同時に、新しい発見を嬉しく思った。

ところで、女子のマラソンと一万メートルを共に途中棄権した、全英期待のマラソン世界記録ランナー、ポーラ・ラドクリフ選手。彼女を巡る、英国メディアの様々な報道には、興味深いものがあった。とりわけ、ロンドンの深夜ラジオ、その名物といっていい各局のトーク番組が、非常に面白かった。

世界記録を持ちながら、途中棄権したラドクリフ選手の行為を、どう評価するのか。励まし、慰め、そして、批判。番組には、数多くの人々から、実に様々な意見が寄せされていた。その多様な意見を聴くことで、普段はちょっと見えにくい「イギリス人の国民性」の一端を、かいま見た気がした。

彼女がもし、たとえ一時間遅れでも、マラソンを完走していれば。十週遅れでも、一万メートルを走り通していたならば。本当はそうして欲しかった。多くの人々の「励まし」や「なぐさめ」の意見の裏に、そんな雰囲気を強く感じた。もし、そうしていたならば、彼女は、新たな英雄になり得たような気がする。

そしてポーラとは対照的に、今回のオリンピックで、英国最大のスターとなったのは、800メートルと1500メートルで、二つの金メダルを獲得した、ケリー・ホームズ選手だ。目の大きな、もう三十四歳の、黒人女性。優勝インタビューでの第一声は「信じられない!母さんに感謝している」。

当然、彼女の「母」パメラさんが何度もテレビに登場する。突然のことで、洗濯物のひるがえるカウンシルハウスの庭でのインタビュー。このお母さんは、まぎれもない白人だ。一目見て、彼女がケリー選手の実の母親ではないことがわかる。しかし、ケリー選手の第一声からは、「産みの親より育ての親」という言葉が重みを持って感じられた。

ちなみに、カウンシルハウスというのは、敢えて言えば、低所得者層を保護するために、政策的に建設されている公営住宅のことだ。サッカーを除けば、イギリスではスポーツ選手は伝統的に、中流以上のクラスから出てくる場合が多い。だから、カウンシルハウス出身というのは、よけいに注目を浴びることになる。実際、今回のアテネ五輪でも、英国のメダル獲得者の大半は中流以上の出身者で、これを何とかしろという意味の記事が新聞に出ていたほどだ。

ところで、二つの金メダル獲得を祝う、怒濤のような報道が続く中で、ケリー選手の、なかなか複雑で辛い、生い立ちが明らかになっていく。

ケリー選手の「実の両親」は、ジャマイカからの労働移民の子供だ。ケリー選手は、英国への移民初代から数えると、三代目に当たる。彼女の一家は、「銀のつぶやき」第8回で触れた街のすぐそばで、暮らしを始めたらしい。実の父親は今も、その周辺に住んでいる。ケリーは二歳の時に、実の両親と別れ別れになる。その後いろいろあって、パメラさんが「母」となる。現在52歳のパメラさんもまた、一度離婚を経験している。

とにもかくにも、こうした環境の中で、ケリーが12歳のときに「母」パメラさんが彼女を、地元の運動クラブに入れる。これが、今日を築くきっかけとなる。中学時代には既に、全国レベルで注目を集める走り。十八歳で軍に入隊、その後は、運動選手として、めきめきと頭角をあらわしていく。

だが、ケガによる故障に悩まされ続け、年齢もあって、今回が最後という雰囲気だったようだ。それが二個の金メダル。彼女の生い立ちとあわせて、大きなドラマが誕生した。おそらく今、スポーツの世界を越えて、英国最大のスターだろう。このケリー選手を巡る報道の仕方もまた、日本とはいろいろな意味で違っていて、国情の違い、国民性の違いということを、強く感じた。

というわけで、英国でオリンピック放送を見たことは、なかなか興味深い経験となった。国が違えば、オリンピックもまた、まるで違ったものとして見えてくる。とても意外で、新鮮だった。

でも、やはりオリンピックは、日本選手のインタビューあり、家族の涙あり、地元の万歳ありの、日本情緒一杯のテレビで見た方が、何倍も楽しい。我もまたニッポン人なり。今回、英国でアテネ・オリンピックを見て、改めてそう、思った。

この回は「銀の話」と思っていたけれど、ついつい、オリンピックの魅力に負けてしまった。

さて次のお話は。面白いお話、出て来い!
もっと早く、もっとたくさん。


                  (2004/08/29)