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大原千晴

名画の食卓を読み解く

大修館書店

絵画に秘められた食の歴史

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シオング
「コラージ」5月号

卓上のきら星たち

連載35回

伊マルケ州知事の食戦略

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第141回 NYC イスラーム屋台

 
 

 

 
2014/06/13

 

 世界の中心ニューヨークを歩いてみれば、「ハラール」屋台が目立ちます。これは不思議と調べてみれば、そこには、意外な背景が隠されていました。 「コラージ」2011年9月号のエッセイに文と画像追加。

 

 

 数年前の夏のこと、ニューヨーク、ロワ・イーストの「リトル・イタリー」をぶらぶら歩いていたら、有名デパート「ブルーミングデールズ」ソーホー店の裏口に出くわした。若者向け流行ブランドの展開に注力しているこの店は、夏のセールの真っ最中。このシーズン、ニューヨークは、お買い得品が一杯。などと思いながら店内をひと巡り。チビでも格好良く見えそうな革ジャン、袖を通してみたりして、でも、結局何一つ買わずに正面玄関から外に出ると、そこはブロードウェイ。目の前の広い歩道に、ニューヨーク名物、大きなホットドッグ店らしき派手な屋台が待ち構えているではないか。

 私は子供の頃から筋金入りの、ホットドッグ大好き人間です。小学3年生だった頃、最高のホットドッグは、六本木俳優座向かいにあったオープンカウンターの小さなお店「ベラミ」。この店の話をし始めると長くなるから、ブロードウェイに戻ろう。年季の入ったホットドッグ好きは、その屋台のカート側面一杯に張られた大きな写真入りメニューに、目が引き付けられていく。どれ食べようかなあ......と看板を凝視し始めたら、なんとそこには「HALAL」の5文字。

 まさか、そんな! ご丁寧にも、アルファベットの下には、同じ意味を表すと思われるアラビア文字が。これ、ホットドッグの屋台じゃないの? 一瞬目を疑いましたが、ちゃんとホットドッグというメニュー「も」出ています。ご存知の方も多いと思いますが、食関連で"HALAL"(ハラール)という語が使われる場合ふつうそれは「イスラームの教義に反しない形で適切に準備された食品」(特に羊を中心とした食肉で)という意味です。

 近年欧州諸国ではイスラーム系移民の増加に伴って、このハラールの看板を掲げる食品店の増加が顕著です。ロンドンやパリやミュンヘンのような大都市はもちろん、移民労働者が多く住む郊外市域や中小の産業都市では、ハラールの店こそ地元の中心的存在、という地域もあるくらいです。

 

 しかし、ここはニューヨークです。9.11以降、イスラーム諸国とアメリカの関係が良くないことは周知のこと。まして、ホットドッグといえば、ニューヨークどころか「アメリカを象徴する」といってもいい食べものです。それを売るのが「ハラール」の屋台だなんて。一体何がどうなっているのか。

 

 

 その後マンハッタンの道端で出会うカートを気をつけて見始めると、ハラール表示のある屋台にあちこちで出くわします。そのメニューが実に面白い。

 

 ラム肉ご飯(1)、鶏肉ご飯(2)、シシケバブ(3)、ラム肉ジャイロ(4)、ファラフェル・サンド(5)、それに申しわけみたいな感じでホットドッグと並びます。(1)はケバブ風の羊肉にターメリックで黄色くしたご飯、それにトマトやレタスなど多少の野菜を添えて、これにホワイトソース(濃厚なヨーグルトにキュウリ、レモン汁、ディル、ニンニク、塩コショウを合わせたもの)をかけて出来上がり。(4)「ジャイロ」とはドネル・ケバブのギリシア風の呼び名で、NYではこの呼称が優勢。(5)のファラフェル・サンドとは、ひよこ豆やファバなど豆を素材とした揚げ団子をピタパンにはさんだもの。

 

 こうした中東の香りが濃厚にただようメニューの中に、「ホットドッグも一応ありますよ」という感じです。実際、昔ながらのホットドッグ専門の屋台というのは、急速に数を減らしつつあって、この「中東風屋台」に乗り換える業者が珍しくないとのこと。「ホットドッグ専門屋台は観光客相手の場所でもないとお客が少なくて...」そんな業者の声があるほどです。では一体、どのような背景から、この大きな変化が起きてきたのか。調べてみると、意外な事実が浮かび上がってきました。

 

 

 まず第一に挙げられるべき理由は、嗜好の変化です。この20年でニューヨークでも寿司やラーメンがすっかり日常化したように、多様なエスニック料理がサラリーマンの簡単なお昼や夜食として、広く受け入れられるようになったこと。次に、客層の変化です。 マンハッタンの夜の屋台の大切な顧客であるイエロー・キャブ(タクシー)の運転手に、バングラデシュやエジプト出身の人たちが大幅に増えていること。また同様に建設系でも、イスラーム圏からの移民労働者が増加している。

 

 そして三番目の背景として、屋台を営業する人たちの変化が挙げられます。かつて屋台営業の中心だったイタリア系はすっかり影が薄くなり、バングラデシュ、エジプト、ギリシア、メキシコといった国々からの移民たちが営業する屋台が、大きく数を伸ばしています。

 

 

 冬寒く夏は酷暑のニューヨークで、一日中街路で営業を続ける屋台は、きつい仕事です。このきつい仕事で足場を築いたら次へ進む。その代表例が食品スーパーマーケット"D'Agostino"。今ではマンハッタンの高級住宅街を中心に十数店舗を数えるこの店も、元をたどれば大恐慌時代のカート営業が始まりまです。「いつかは俺だって」そんな夢があってこそ、寒風も熱暑も耐えて、あの辛い仕事を続けられるのかもしれません。

 

 では「ハラール屋台の増加」という大変化がいつ頃から目立ち始めたのかというと、これが意外なことに2001年の「9.11以降」とのこと。9.11以来イスラーム諸国と米国の関係は「悪化の一途」です。なのに、それに反比例する形で、米国経済の中心ニューヨークで、ハラールの軽食がホットドッグを駆逐する勢いで伸びている。

 

 食の変化は社会の変化を象徴します。世界中からやってくる移民たちの文化と宗教がぶつかり合う街ニューヨーク。このほかにも、中華街の膨張、メキシコ系を筆頭にスペイン語を話す中南米系移民の台頭、ロシア系移民の増加などなど、変化の続くNYCからは、しばらく目が離せそうにありません。

 

 

   きょうのお話は、ここまで。

  面白いお話、出てこい。
    もっと早く、もっとたくさん。

2014/06/13

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
  主婦の友社     定価 \2,100-

  イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝

  

  

ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。

本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。

私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内

 2011年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。

 歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。

詳しくは→こちらへ。