2009/7/28
アポロ宇宙船のニール・ストロング船長が月の上を歩く姿をテレビで見た人はたぶん、一生記憶に残っているんじゃないだろうか。この7月であれから四十年になるとか。
月面着陸をめぐっては当時から、奇妙なウワサがいろいろあった。例えば、あれは全部ハリウッドで密かに作られた壮大な作品だったという説。インドの山村で月面からの「TV実況中継」を見た村人たちは、ほとんどがそう思っていた。とか何とか、そういう話です。ありましたよね。
ラジオ(NPR)でポール・セローという作家のインタビューやってました。世界中旅する英語圏じゃ有名な作家で、山ほど本出してる人です。この人がしばらく前にカザフスタンを旅していた。一面の綿花畑で収穫の時期、ある村で老人から言われたそうです。
「アメリカ人なんだって? だったら、ひとつ聞かせてもらいたいことがある。宇宙船アポロで月に行って月面を歩いたニール・ストロング船長のことなんだけどね。月に行って霊感を得て、地球に戻ってからイスラーム教徒になったんだってねえ。その後どうしてるのかなあと思って。」
インタビューしているのはダラス(テキサス州)の放送局のキャスターなんですけれど、この人がセローのこの話を聞いて、すかさずこう言いました。
「その話、私も聞いたことがあります。一種の都市伝説なんでしょうか。」
カザフスタンの老人とダラスのラジオ局のキャスターが、同じ「伝説」を知っている。面白いですね。「伝説」が世界中を巡っている。いつだって、あるんですよね、こういう話。話のミソは、「いかにもありそうな……」ってことです。
月面に立ち、広大な宇宙を身をもって体験することで、霊感を得る。で、イスラームに改宗する。ここは仏教でもラマ教でもいいのかもしれませんけれど。なんか、ありそうですよね。
更に言うと、セローの話に妙なリアリティがあるってことです。それは、彼が世界中旅する男で、その彼がしゃべっているということ。
カザフスタン。一面の綿花畑。村の古老。
イメージがどんどん膨らんでいきます。これまた、ありそうですよね、いかにも。
だから、ここでは二重に話が「できている」感じがするわけです。老人の話と作家セローの話と。その両方とも「いかにも」って感じがある。そう思いませんか。
ところで、作家というのはふつう、お話を作る人達です。名人ともなると、フィクションなのにまるで本当にあった話みたいにお話を語ることができる。
で、半村良という作家のことを思い出しました。この人の文章に騙されたことがあるのです。彼の小説を読んで、書かれた舞台を探しに行ったことがあります。学生時代のことでしたけれど。そしたら、舞台として書かれた場所の「住所」自体が「お話」だった。それくらいこの人、「お話」が上手だった。どうなさったかなと思って、ちょっと調べてみました。
そしたら、Wikiにこう紹介されていました。「……自分の職業を「嘘屋」とよぶほどの「奇想ぶり」を発揮する一方で……」
やっぱり、そうだったんだ。それにしても「嘘屋」とは。あのときの見事な「嘘」に、もう一度だまされてみたい。そう思ったのですけれど、残念なことに、お亡くなりになっていらした。
誠に以て、光陰矢の如し。2009年、夏ですね。
2009/7/28

■講座のご案内
2009年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。また、この4月号から新たに雑誌の連載エッセイがスタートしました。
大修館書店発行の月刊『英語教育』で連載タイトルが「絵画の食卓を読み解く」。絵に描かれた食卓を食文化史の視点から読み解きます。ぜひ、ご一読を。
というわけで、エッセイもカルチャーでのお話も、
「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。
歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。
詳しくは→こちらへ。
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