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大原千晴

アンティークシルバー物語

主婦の友社

人物中心で語る銀器の歴史

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大修館書店
「英語教育」3月号

食卓の歴史ものがたり

連載第12回

16世紀フェラーラ候家

結婚の宴

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第116回「松茸の土瓶蒸し」

 

2011/4/11 
 

 もう二十年近く昔の話。季節は秋、場所は銀座の、とある板前割烹。ちょうど松茸の季節でした。このお店、お昼前になると、ザルの上に塩を振ったサバを並べて、店の前で干したりする、そんな素朴な雰囲気のあるお店です。「銀座の板前割烹」といっても、どちらかといえば庶民派の、でも、むかーしの銀座の雰囲気がちょっとだけ感じられる店でした。

 開店間もない午後7時ごろ、板の前でゆっくり飲みながら、あれ食べたり、これつまんだりしてました。時間が早いので、並びの席はまだ空席。そこに、三十代半ばとおぼしき、やり手バリバリ課長風という感じの女性と、ちょっと頼りない感じの部下らしき若い男が座りました。

 二人ともファッションは時代の最先端、アルマーニ風。そんな時代です。巨大化粧品会社とか、就職情報巨大会社とか、ひょっとすると、この店のそばの大通りの俗称になっている巨大広告会社とか、そんか会社で働いていらっしゃるような雰囲気です。

 女性は姉御肌(あねごはだ)。グラマラスで、高そうなスーツに身を固め、お化粧も派手目。すごくお仕事できそうな感じで、手にしたバッグ、黒くてカッチリした、CCが逆向きみたいな金具がついてるやつで、どう見ても独身。お金一杯稼いで、社内権力もあって、同時に、ストレスも一杯あって、それでも、まだまだ上を目指していきそうな、そういう雰囲気が漂ってました。最近、こういう雰囲気の女性を見なくなりました。時代の変化って大きいですね。人は時代が生み出します。

 まだバブルの余韻が濃厚で、『日の名残り』ならぬ『甘い夢の名残り』の時代です。数年もすればまた回復軌道に乗るだろう...ほとんどの人が、まだ漠然とそう思っていた、そんな頃のお話です。

 姉御は板さんと気軽に挨拶、常連です。会社のお金で伝票切れる立場だと直感しました。「とりあえずビール」で、グラス片手に献立見ながら、板さんに話しかけながら、あれこれ注文していく。慣れてます。絵になってます。

 で、たまたま壁に貼ってあったんですね、その日のおすすめが。「松茸の土瓶蒸し(時価)」。安くないですよ、これ。当時はまだ、カナダや北朝鮮やトルコや北欧から、売れ残るほどの「松茸」が空輸なんてされてませんでしたから。

 彼女それを見つけて「わー、土瓶蒸しあるんだ。季節だもんねえー。だーい好きなんだ。よし、土瓶蒸し行こう。ねっ山本君も文句ないでしょ、土瓶蒸し。ちょっと贅沢だけど、いいわよねえ、たまには」みたいなノリでした。脇に座っていて思いました、ほんと贅沢だよなあって。社用族っていいなあ、と。当時はまだ、こういう感じの経費の使い方、できたんですよね。

 業績さえ上げてくれれば、経費についてはうるさく言わない。社用族全盛時代が終焉を迎えつつあった最後の時期。2011年の今、こんなの、あり得ないですね、よほど特殊な立場でないと。最近は一流企業の部長クラスでも、海外出張でビジネスクラスは認められない場合が珍しくない。社費で支払われた運賃で貯めたマイレージは個人のものか? そんなこと大真面目に議論するような、せち辛いご時世ですから。

 やがて姉御は、お酒になります。お銚子。最初は注いで注がれてとやってましたけど、いつしか手酌で二人とも。吟醸酒ブームでしたけれど、お銚子でしたね。ちょっと肌寒い日で。いい雰囲気ですよ、秋の銀座の宵の口、板前割烹でひと肌のお燗酒。あれこれつまみながら、松茸の土瓶蒸しを待つ。

 仕事の話してましたけど、馬鹿じゃないから、周りに聞かれても差し障りのない内容で。姉御がきれいに見えました。美人っていうんじゃなく、仕事のできる女の色気、です。それから先の展開さえなければ、ほれぼれするところでしたけれどね。

 やがて土瓶蒸しが出てきました。そしたら、男がおずおずと彼女に聞いたんですね、バカっ正直に。

 「これ、どうやって食べるんですか?」

 男は、この瞬間、生まれて初めて「松茸の土瓶蒸し」目にしたわけです。誰だって、初めて出会う料理はあります。まして「松茸の土瓶蒸し」なんて、家庭料理じゃない。小料理屋とか割烹とか料亭とか、そんな夜の店で出される料理でしたから、その頃はまだ。若い男が知らなくたって、当然といえば当然です。

 ところが、このひと言が、社用グルメ族であるに決まっている彼女の耳にさわった。まさか、こいつ、土瓶蒸しも知らないのか?

 「えっ山本君、松茸の土瓶蒸し、あんたこれまで食べたことないの? 」

 姉御は周囲に響く大きな声で、こう言い放ったのです。

当然ながら男は、恥ずかしそうに「すいません。初めてなんです。でも、これ、どうやって食べるんですか?」と答えます。

 「しょうがないわねえ。それくらい覚えておきなさいよ。接待の席で困るじゃない、こんなことも知らないなんて..」と言いながら、蓋にかぶさっているぐい飲み風の器を取り、そこに出汁を注ぎ、ひと口味わって、それからかぼすだかなんだかをどけて、土瓶の蓋を開け...「こうやって食べるのよ」と儀式を続けながら教えを垂れます。さもさも、その儀式のできることがオシャレな大人の証拠でもあるかのように。

 脇で聞いていて、見ていて、居心地が良くありませんでした。男の立場に共感しちゃいましたから。力のある女性の上司から周囲に響く大きな声で「あんた、松茸の土瓶蒸し、食べたことないの?」と言われる。満座の中で恥をかかされる、なんていうほどのことじゃないですけれど。そうはいっても男にとって、このときの女性のひと言は、おそらく一生忘れられない恥ずかしい思い出になるはずです。このあたりは男と女の違いです。社会とのつながり方の違いなんですよね。なかなか微妙なところなんですけれどね。

 そのとき思いました。「松茸の土瓶蒸し」の食べ方なんて、そんなこと知らなくたっていい。日常的に酒席に連なってない限り、そんなもん、知ってるはずがない。季節にしか出されない料理ですから。ひょっとして姉御は、ご実家が料亭? むしろ、知らない男のほうが、ずっと健全です。おおまじめに、今もそう思います。そんなこと知らないほうが、むしろ幸せな人生を送っているんじゃないだろうか。姉御は、意外と寂しい人生だったりするんじゃないかなって、その場の会話と雰囲気から、そう感じました。いい雰囲気の姉御だったんですけれどねえ。

 なぜ姉御の人生が寂しいんじゃないかって。それを話すと長くなる。いつかそのうち、ゆっくりと、オシャレなお酒のお店ででも。なんだかミイラ取りがミイラになっちゃいそうですけれどね。

 桜の季節に、しかも大震災直後で原発不安継続中に、こんなお話ですいません。でもね、もうあれから一か月。少し気分を変えたいですよね。沈んでいるばかりじゃ、ますます滅入っちゃいますから。ささやかに『長屋の花見』の気持ちです。それにしても、今年の桜、いつになくきれいで、それだけに、悲しい。 

 

 

  きょうのお話は、ここまで。

  面白いお話、出てこい。
    もっと早く、もっとたくさん。

2011/4/11

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
  主婦の友社     定価 \2,100-

  イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝

  

  

ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。

本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。

私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内

 2010年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。また、4月号から新たに

大修館書店発行の月刊『英語教育』での連載が2年目に入りました。欧州の食世界をさまざまな視点から読み解きます。ぜひ、ご一読を。

 というわけで、エッセイもカルチャーでのお話も、

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。

 歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。

詳しくは→こちらへ。