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主婦の友社
発行インテリア雑誌

「プラスワンリビング」

2006年7月7日発売号

新連載開始

銀器の歴史に秘められた

人間ドラマを語ります

■声のメッセージへ■

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第41回 「ローソン鶴巻店」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006/7/17

 

イギリスはポテトチップスの国だ。たとえば大手スーパーのチップス売り場には、ポテトチップスはもちろん、タコスやプレッツェルなど、実に様々な種類のチップスの袋が並んでいる。幅5メートルの棚が上から下まですべてチップス類で埋められているという店も珍しくない。大規模な店ともなれば、この棚が両側に並ぶという壮観さで、まるで「チップスの壁」だ。

今から六〜七年ほど前のこと、マークス&スペンサー(英国の大手スーパー)でチップス棚を眺めていたら、そこで「センベイのようなもの」を見つけた。どうせヘンテコな味なんだろうなとは思ったけれど、面白半分で買ってみた。

あられや、中に豆の入った毬状のものなど、数種類のセンベイらしきものが袋詰めになっている。袋を開けるとちゃんと、センベイの香りがする。日本のスーパーやコンビニで売っているものと同じ香りだ。「へーえっ、結構ちゃんとしてるね。」これが見た目と香りの第一印象。

そこで、おそるおそる、最初のひとつを手に取って食べてみる。意外なことに、ちゃんとニホンのセンベイの味がする。私はセンベイが大好きで、選べと言われれば、まんじゅうよりもセンベイだ。だから、センベイには多少うるさい。そのうるさい舌が文句を言わずに済む水準のできばえで、次に、豆の入った毬を食べてみる。これも、○。いや、◎と言ってもいいくらいだ。あとはもう安心して、ただボリボリとやり始めて、あっというまに袋が半分空になってしまった。

そこでお茶でひとやすみ、ではなく、スコットランドの水源で採れたというハイランド・ウォーターで舌休み。そのときふと考えた。これ、ひょっとすると、日本からの輸入品じゃないんだろうかと。味も風味も日本のスーパーやコンビニに並ぶセンベイの袋詰めとまったく変わらない、そう感じたからだ。これだけのものがイギリスで、できるわけがない。

そこで袋の裏側に細かな文字で印刷されている内容表示を読んでみた。そしたらこれが、原産国台湾。私が食べたのは台湾製のセンベイだったのだ。「なるほどなあ」と思った瞬間「あっ、そういえば…」と、以前読んだ、ある経済誌の記事が頭の中によみがえってきた。

センベイの原材料はコメ。コメは「実質的に」輸入が制限されている。だから一般人は「日本にコメはほとんど輸入されていない」そう思いこんでいる。ところが実際は、膨大な量のコメが日本には輸入されている。それはコメを加工した様々な食品や、その原材料という姿で輸入されている。だから米屋やスーパーのコメ売り場で一般人の目に触れることがないだけで、価格の安いコメ菓子は安価な外米を素材とするものが大半だ。そんな記事内容だったと思う。

加工食品にすれば高い関税を払わずにコメを輸入できるとなれば、米価が安く人件費も安い場所でセンベイを作って輸入しよう、ということになる。工業製品と同じ発想だ。そこで台湾製センベイの登場となったのだろう。マークス&スペンサーのセンベイの味を考えると、日本企業が絡んだ仕事だと思われてならない。

こうして誕生した台湾のセンベイ工場は、日本にも輸出すれば、英国のマークス&スペンサーにも輸出する。同じ品を多分、アメリカにも輸出する。センベイのOEMだ。ところがいつの間にか、このマークス&スペンサーの台湾センベイは姿を消してしまった。

とまあ、ここまでは今から六〜七年ほど前の話で、いわば今日の話の前おき。ここで時間が飛び去って、舞台は2006年夏のロンドンへと移動する。

例によって私はマークス&スペンサーのチップス棚を眺めている。すると驚いたことに、そこに「ローソン鶴巻店」と書かれた紅白提灯の写真が印刷されたセンベイの袋を見つけたのだ。

 

「ローソン鶴巻店」の紅白提灯。どう見ても、これは実際にローソン鶴巻店で何かの機会に使用された実物を撮影した写真としか思えない。その昔ローソンの親会社であったダイエーは一時、衣料品でマークス&スペンサーと提携関係にあったと記憶する。だからローソン鶴巻店なのだろうか。まさかね。それにしてもローソン鶴巻店をふだん利用している人が見たら、本当にビックリすることだろう。

このセンベイ袋のパッケージを担当した英国のデザイナーは深く考えることもなく「センベイだから提灯にしよう、ほら、なんか日本の雰囲気だよねえ」というような軽いノリで、手近にあったこの写真を使用したに違いない。

マークス&スペンサーほどの大会社なら、日本人社員も数人はいると思われるけれど、店頭に並ぶセンベイ袋のパッケージを確認するような部署には、いないのだろう。だから、こんな面白いパッケージが実現したのだ。それにしても、商標権や商号権は、どうなるのだろうか。まあ、まあ、軽い冗談ですから。で、済む?

さて問題の「ローソン鶴巻店」、中身は揚げセンベイだ。私は揚げセンベイはあまり、好きではない。だが、ここは確認のために、ひと口ふた口。意外とまあまあじゃん、と五口がやがて十口に。味と風味はまさに、日本の辛味揚げセンベイそのもの。「ああ、あの台湾の提携センベイ工場のOEMが復活したのか」と思って、念のために原産地表示を確認してみた。ところがそこには、原産国タイ、と表示されているではないか。

 

センベイ生産は今では、タイに移動していたのだ。当然だろう。台湾は今では、世界のパソコン生産の一大基地だ。日本のノートパソコンもその大きな部分を台湾に依存していると聞く。もはやセンベイのOEMをやっている場合ではないはずだ。人件費も物価水準も、立派な工業国レベルなのだから。

それにひきかえ、タイはアジアでも有数のコメ生産国だ。コメの国タイでセンベイを作る。ごく自然なことだ。きっと今では、コメを原材料とする様々な加工食品が、タイやベトナムから日本に送り込まれているのではないだろうか。まさか、ひょっとして、日本の「本物のローソン」でも同じ品を扱っていたりするのだろうか。

とにもかくにも、日本で売っているものと同じ、どころか、下手な日本製よりおいしいセンベイが、タイで出来る。そしてそれがイギリスのマークス&スペンサーに並んでいる。ローソン鶴巻店紅白提灯の写真付なのだから「日本のお菓子」というイメージで売られている。要するに、マークス&スペンサーのお客が「日本的」と思うイメージ。それに合致すればそれでいい、という感じだと思う。

まだそれでも、このセンベイには、その生まれ故郷である日本という香りがパッケージの上からは残っている。しかし、これもやがていつか、消えていくことだろう。この「ローソン鶴巻店紅白提灯」の写真が消えて、単なる「Chilli Rice Cracker Mix」となる日がいつかやってくる。

そうなると、大塚のボンカレーをスーパーで手にする日本人が、インドのことなんて考えないように、マークス&スペンサーの揚げセンベイの袋を手にして日本のことを考えるイギリス人は誰もいなくなる。それどころか、いつか、原産国タイの黄金寺院の写真がパッケージに使われる日が来るかも知れない。

「えっ、ライスクラッカーって日本で生まれたものだったの?アゲセンベイ?知らなかった。だって、だいたい、タイかベトナム産て書いてあるじゃん。」少なくともイギリスならこういう子供や大人が出てきてもまったく、不思議はない。

それどころか、ヘタをすると日本でも同じような子供が…。

きょうのお話は、ここまで。

面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。

2006/7/17

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この秋になると、いろいろな場所で、少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。話の内容は様々ですが、基本テーマは一つです。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」

歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事。銀器という枠を越えて、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さについて、お話ししたいと考えています。

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