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大原千晴

アンティークシルバー物語

主婦の友社

人物中心で語る銀器の歴史

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シオング
「コラージ」8月号

卓上のきら星たち

連載12回

チャーチルとスターリン

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第124回「大統領、最後の晩餐、その1」

 

2013/8/25 
 

  「銀のつぶやき」1年4ヶ月ぶりの更新です。2011年6月から、毎月一度、編集思考室シオング発行のウェブマガジン「Colla:j」(コラージ)誌上で、「卓上のキラ星たち」という連載のエッセイを担当しています。編集部から許可を頂戴することが出来ましたので、その連載から適宜選んで、こちらに転載させて頂きます。

まず、その第1回と2回目は、フランスの故ミッテラン大統領のお話(「コラージ」2012年4〜5月号掲載)。お楽しみ下さい。

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   今から20年ほど昔、パリでの出来事です。ノートルダム寺院を対岸に見ながら歩くセーヌ左岸沿い、細い路地を脇に入った場所にある落ち着いたレストラン。黒服がとてもいい感じなので、メニュー選びのかたわら、聞いてみました。「パリ市長だったシラクさんがよくいらっしゃるんですって?」「はい、たしかにシラク様もおいでになりますが、それよりも、ミッテラン大統領がよくおいで下さいます。閣下は大変にグルメでいらっしゃいます」と聞いてビックリ仰天。

 

 フランソワ・ミッテラン(1916-96)は、1965年のフランス大統領選で左派統一候補として立候補、あのド・ゴールと戦って惜敗。その後1971年にフランス社会党の第一書記に就任し、大統領選への再挑戦の機会を待ちます。その「政治的人間」としての実像はともかく、イメージとしては、「労働者の側に立つ社会実現のため、脇目もふらず政治の泥沼をかいぐってきた苦労人」という感じでした。ブルジョワでグルメで女性大好きというシラクさんとは正反対。いつだって苦虫噛み潰したみたいな表情で、ニュース映像でも笑顔を見た記憶がなく、とてもグルメだとは思えませんでした。

 実際、氏が大統領に当選した時、フランス外務省では懸念する声があがったとか。ミッテラン氏だと、公式宴席は簡素にせよ、贅沢な料理や高級ワインは出すな、と言われそうだ。フランス料理は重要な外交手段ですから予算削減は好ましくありませんと、その重要性を新大統領に説得しなくては...。

 そんな人が、この二つ星レストランの常連で、しかもグルメとは。本当に、人は見かけや思想信条だけでは判断できないもの。特に、食と異性への嗜好ばかりは「好きなものは好き」という世界で、「えっ、あの人が、まさかそんな」という話は決して珍しくない。

 で、ミッテランさんです。1995年まで2期14年間フランス大統領を務め、翌1996年1月8日に享年79才で逝去しています。癌の転移です。その亡くなる9日前の、大晦日の夜ことです。本人のたっての希望で、親しい人々四十人ほどを招いて、最後のお別れパーティーが開かれます。文字通り「最後の晩餐」となるわけで、だいぶ前から覚悟ができていらしたのでしょう。

 場所はワインで有名なボルドーにほど近い自宅。生まれ育った故郷です。肝心のメニューについては、料理からワインまで、すべて元大統領ご本人が決定したといわれています。では、その一夜がどんな感じで展開していったのか、ちょっと覗いてみましょう。

 ゲストが着席する大テーブルとは別にしつらえられた食卓。そこに、元大統領は抱きかかえられて「運ばれて」きました。ジャージの上下のような格好で、全身を毛布でくるまれています。こうして特別に用意された大きなリクライニングチェアに身を横たえた姿は、眠っているように、いや、死んでいるように見えた、といいます。

 この日最初のお料理は、地元マレンヌで採れたカキ。氏の壮年期には一度に3ダース、一週間に百を超える生ガキを平らげることも珍しくなかった、というほどの大好物です。カキは精力剤として知られます。目の前にカキのお皿が用意されるやいなや、死んだようになっていた元大統領は、むっくりと体を起こして、生ガキの貝殻に口をつけて吸い始めます。あいの手にはソーテルヌ(甘い白)。ひとつ、ふたつとかたづけ、あっという間に1ダース。更に2ダース目へとすすんで、結局30個近いカキを食べてしまいます。そして最後に甘めのシャンパンをゆっくりと味わい、再び椅子に体を横たえると、すぐに軽い寝息をたて始めて、スヤスヤスヤ...。

 次のお料理はフォアグラ。ボルドーからツールーズにかけての一帯は産地です。その香りに眠りから目覚めたミッテラン氏は、脂肪肝のネットリした濃厚な味覚と質感を、先ほどとは別のソーテルヌで楽しみ始めます。料理に応じて白を変える。もう人民の敵です。そして次にメインの肉料理、鶏のローストが登場。去勢して太らせた肥育雄鶏で、柔らかく、ジューシーで、この夜は手に持つと自然に肉が骨から離れるとろけ具合に仕立てられています。ワインはフルボディの赤、シャトー・レスタージュ・シモン。シンプルで素朴でしかし深い味わい。そして卓上には、もう一本別の赤、シャトー・プジョーがデキャンティングされている。この夜、真打となる料理のために準備されたものです。

 では、その真打の料理とは、いったい何か。野鳥「オルトラン」のローストです。ホオジロの一種で、鳴き声のきれいな愛らしい小鳥です。手の大きな人ならば、その掌で包めるほどの小ささで、秋、群れが空を移動するところを、カスミ網状の道具を使って捕獲し、キビを餌に鳥かごで数週間太らせます。ふつう料理前にアルマニャック(ブランデー)にくぐらせ、ローストの香りの素晴らしさを逃さないよう、食卓で特別な食べ方をする。

 ミッテラン氏の故郷の名物で、氏は子供時代から、晩秋になるとオルトランを味わっていたはずです。人生の様々な思い出が、このオルトランの、ローストの香りに込められている。だからこそ、生涯の旅のおわりに「敢えて」オルトランを選んだ、まさに「敢えて」。 

 実はこの野鳥、絶滅危惧種に指定されていて、ご禁制の対象なのです。「地元の人間がこっそりと」というならともかく、元大統領がその宴席で堂々と、となると話は別です。そんなゲストの驚きをよそに、ミッテラン氏は頭から巨大なナプキンをかぶり、料理の香りを逃さないようにして、これを食べ始めます。次回へと続きます。

 

  きょうのお話は、ここまで。

  面白いお話、出てこい。
    もっと早く、もっとたくさん。

2013/8/25

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
  主婦の友社     定価 \2,100-

  イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝

  

  

ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。

本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。

私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内

 2011年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。

 歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。

詳しくは→こちらへ。