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大原千晴

名画の食卓を読み解く

大修館書店

絵画に秘められた食の歴史

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シオング
「コラージ」9月号

卓上のきら星たち

連載27回

ムラノ島ビザンツの幻影

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第127回 男爵夫人と「バベットの晩餐会」

 
 

2013/9/12 
 

  映画『バベットの晩餐会』。一度見たら忘れられない、深い印象が心に刻まれる映画です。原作は、イザク・ディーネセン(アイザック・ディーネセン)。またの名を、カレン・ブリクセン男爵夫人。大学生の時に初めて『7つのゴシック物語』という短編作品集に出会い、その第一話を読んだ途端、独特の感性溢れる世界に深く引きこまれてしまいました。

 

 出会いは、いつだって、そんなもの。本との出会い、それは、つまるところ、人との出会い、であり、自分の求める感性との出会い、ということに尽きます。いつ、誰と、どう出会うかなんて、誰にも予測は、できません。

 

 それから数十年の歳月が過ぎ去って、私は、彼女が晩年を長く過ごし、その下に作家が眠る墓石のある、コペンハーゲン郊外の館を訪ねるに至ります。その時の印象を胸に抱きながら記した一文をご紹介します。

 

 オリジナルは主婦の友社発行のインテリア雑誌「ボンシック」(Bon Chic)(2012年春号)誌上に掲載されたものです。編集長さんからのご許可を頂くことが出来ましたので、ここに転載させて頂きます。

 

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 『バベットの晩餐会』という映画、ご存知ですか。今から二十数年前に公開されて大きな話題となりました。原作はデンマークの作家イザク・ディーネセン(1885-1962)。メリル・ストリープとロバート・レッドフォード共演の映画『アフリカの日々』の原作者としても知られます

 

 この人、半端な作家じゃありません。1954年ヘミングウェイがノーベル文学賞受賞の記者会見で次のように語っています。「私のような者よりも、はるかに才能あふれる優れた作家であるイザク・ディーネセンにこそ、この栄誉は与えられるべきではないかと...」ヘミングウェイをしてここまで言わせるほどの存在です。本名カレン・ブリクセン、貴族出身で「男爵夫人」という敬称で呼ばれることに生涯誇りを抱き続けた女性です。

 

 

 実際その作品世界は、中世ヨーロッパに源がある、貴族的な精神を尊ぶ美学で貫かれています。人は誰しも、長い人生の道のりで、迷い、悩み、厳しい決断を迫られる場面に遭遇します。そんなとき、目前の実利ではなく「生き方の美」を尊ぶ。生死が掛かる場面では、死を恐れない。静かな日常を送りながらも、いざというときには、こうした判断基準で自己の行動を決めていく。幻想的な物語展開の中で、そんな生き方を理想とする主人公が登場する作品が多い、という意味です。『バベット...』もまた、その例外ではありません。

 この作品が書かれたのは1949年、我が国同様ヨーロッパがまだ戦後の混乱から抜け切れず、大都会では食料の入手に苦労することも珍しくなかった、そんな時代です。にもかかわらず男爵夫人は、日常的に人を招いて食事を共にする機会を絶やしません。邸宅の広い庭を活かした家庭菜園で採れる様々な野菜やハーブ、これを活かした料理が中心です。ビジュアルな美に対しても鋭い感性があり、食卓のセッティングと共に、飾られた生花の美しさが、招かれた人々の語り草となっています。

 それを裏打ちするかのように、趣味の域をはるかに超える絵を何枚も残していて、画集も出版されています。そして、着るものに大変なオシャレだった。彼女の写真を見ると、時代を越えて伝わってくるシャープな自己表現に、目を奪われます。こうした驚くべき洗練は、しかし、辛い持病を抱えながら、様々な人生の荒波を乗り越える苦労を重ねる中で達成されたものでした。

「男爵夫人」とはいうものの、二度の大戦による欧州の体制激変もあり、貴族なんてもはや肩書きだけ、という時代です。なのに、秘書に庭師に家政婦に運転手、常雇いだけでもこれだけの人を抱えながら、広大な敷地に立つ屋敷を維持していかなければならない。作家としてすでに一定の名声を勝ち得ていたとはいえ、とても「多作」とは呼べない彼女の場合、執筆から得られる収入には限度がありました。

 それでも、この作品が書かれた1949年夏には、ヴェニスに行って旧知のイタリア貴族とゴンドラで遊び、最高のイタリア料理を味わう、というような社交を楽しんでいる。当然、家計は火の車です。で、旅から戻って猛然と仕事=執筆を開始します。当時圧倒的な存在だったアメリカで売れる作品、これを目指します。米国では食に関する話が受けそうだ。ならばそれを書いてみよう。完成した作品をまず、米国一流の週刊誌に送ります。残念ながら認められません。

 

 ならばと今度は、一流女性誌に送ります。編集部では大受けしますが、高尚すぎて読者向けではないと、これまた没。それでも諦めずに、別の女性誌に原稿を送り、ようやく三度目の正直で作品が雑誌に掲載されたときには、執筆から二年が経過していました。こうして世に出たのが『バベット...』だったのです。「優雅な男爵夫人」という一般のイメージとは裏腹に、プロの作家としての、カレンの気構えのほどが伝わってくる逸話です。

 ところで男爵夫人のパーティーでは、ゲストが8人を超えることはありませんでした。大パーティーなんて、絶対に開かない。理由は簡単。ディナーやランチョンの席で最も重視されたのが、食卓を囲む人々の間で交わされる会話だったからです。招いた人々の話をじっくりと聞き、自分もまた十分に話をする。でなければ、人を招く意味なんて、ない。

 料理もセッティングも花も、すべては食卓での会話を豊かにするための、脇役にすぎない。なので、貴族という自己の出自を強く意識していながらも、中身のある話ができる人間については、人種や出自に関係なく、喜んでゲストとして迎えています。このあたりの心意気は見事なものです。

 では、実際にどんなお料理が出されたのか。大抵は比較的簡素なスリーコースのメニューです。スープはコンソメ、前菜にカキ、メインはバルト海産のカレイ、添え野菜として、自家菜園で採れるアスパラガスや、近くの森で採れるマッシュルーム。デザートとして、庭で取れるイチゴを使ったスフレ...といった感じです。

 たいへんに手が器用で、家政婦の助けを得ながら、料理はすべて自身の手料理。それに吟味されたワイン。ご本人は小食ながらも、子供の頃から味覚の贅沢を知っているだけに、グルメでした。なので、お菓子屋さんから買ってきたケーキをお客様に出す、なんてことは絶対にしなかった。その一方で、男爵夫人はかなりのヘビースモーカーで、食後はタバコを片手に、女性としては低いしゃがれ声で、非常に活発におしゃべりを楽しんだことが知られています。

 カレン・ブリクセンをめぐっては、人によりその評価が大きく異なります。私は大学生の時に初めて出会って以来、その作品世界に引きこまれてしまった一人です。コペンハーゲン郊外の海岸沿い、長い時を過ごした邸宅の背後に広大な庭園が広がっています。その奥にある一本の大木。その大樹の木陰に『バベットの晩餐会』の作者は永眠しています。そして、その館の前方には、男爵夫人の作品の大切なテーマである、鉛色の海が広がっています。

   きょうのお話は、ここまで。

  面白いお話、出てこい。
    もっと早く、もっとたくさん。

2013/9/12

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
  主婦の友社     定価 \2,100-

  イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝

  

  

ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。

本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。

私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内

 2011年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。

 歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。

詳しくは→こちらへ。