2010/5/31
デニス・ホッパーの追悼記事を読んだ。享年74歳。数年に一度位はその名を目にすることがあって、いつも「ちょっと気になる爺さん」という感じだった。
追悼記事で初めて知ったことがある。『イージー・ライダー』の監督は、1936年5月17日にカンザス州ダッヂシティ(ドッジシティ)の生まれだったということ。そうだったんだ。なるほど。面白いなあ。ダッヂシティなんだ。
この町の名は、西部劇のファンなら誰だって知っている。スウィングドアを押して、酒場に入る。拍車の付いたブーツ姿でカウンターに歩み寄る。何も言わなくても、小さなショットグラスが出て、ウィスキーが注がれる。これをグイっとひと口で飲み干す。腰の拳銃は3秒で相手を撃ち殺せる早業でなければならない。奥の丸テーブルでは「ならず者」がポーカーをやっている。場が荒れる。拳銃に手がかかる。
「てめーは、ひょっとして、ダッヂシティのサルーンでインチキやって逃げたっていう、あのジムなんとかいう...」なんてセリフが聞こえてくる。でなければ、「ダッヂシティの酒場にゃ、いい女がいたんだ。ローリーって名で、いつも甘い香りがしてたぜ。あのとき、あいつと一緒になってりゃ、今頃は..」とか。
ダッヂシティ。それは、「大草原の小さな家」の一家から見れば、無法と無軌道を象徴する「悪場所」。酒と女と博打とケンカ。小さなローラ・インガルスにとっては「行ってはいけない町」の代表だったろう。
だが、多くのカウボーイにとっては「夢の町」、荒野の果てに浮かぶ「オアシス」だったはずだ。辛い旅路の果てには、このオアシスが待っている。だから、長期トレイルに耐えられる。渇ききった男たちの心に、そんな思いを抱かせる町だったのだ。
数千頭の牛を率いての、男だけの数カ月に及ぶ長期トレイル。カウボーイはその果てに、ダッヂシティにやってくる。数カ月分の稼ぎを手にして、金は懐にうなっている。「悪場所」は網を張って、これを待ち受ける。男たちは、溜まりに溜まったストレスを、ここで一気に発散する。酒と女と博打とケンカ。ごく自然に無軌道に傾いていく。そしてこのマチで、カウボーイがもたらす金は、次々と持ち主を変えて、どこかに消えていく。
なぜ、ダッヂシティが、そういう町として西部劇に出てくるのか。つい最近まで、そんなこと考えてもみなかった。しかし、今は、その背景がよーくわかる。なぜか。興味がある方は、大修館書店「英語教育」7月号(6月13日発売予定)連載「食卓の歴史ものがり」(大原千晴)を読んでみて下さい。今回は、カウボーイの食卓がテーマです。西部劇の向こう側に、意外な世界が見えてくるはずです。
一世代30年とするならば、デニス・ホッパーのお爺さん(祖父)が生まれた頃、ようやく砦に毛が生えたような村落だったものが、南北戦争後、急速に町らしくなっていく。もしデニスの身近に、子供の頃から話を交わすことのできるお爺さんがいたとするならば、「カウボーイや悪場所」の話を山ほど聞いて育ったに違いない。西部開拓史は本で読む「歴史」なんてものじゃなく、お爺さんやお父さんが生きた現実の話だ。そのダッヂシティの現実から、デニスお前は生まれたんだぞって、耳タコで聞かされたことだろう。
こうした歴史背景を知ったとき、その昔観た『イージー・ライダー』が、突然違った映画に思えてきた。ところで、カウボーイの長距離トレイル、これを主題にした西部劇がある。ジョン・ウェイン主演、1948年のモノクロ作品『赤い河 Red River』。1万頭近い牛を率いて千五百キロを越えるトレイルに挑む男たちの迫力が伝わってくる作品だ。
そしてもう1本。2007年の西部劇「3:10 to Yuma」も、この頃のトレイルと鉄道の関係が背景となっているコメディ映画だ。ちょっとした脇役で、ピーター・フォンダが出ている。ラッセル・クロウ主演のこの映画では、弱冠29歳のベン・フォスター(Ben Foster)という役者が強く印象に残った。
ところで、この2本の映画は、iTunes上で借りて観た。2年ほど前から、iTunesで映画を見ることが多くなった。レンタル料金は、この2本とも、2.99ドル。大半の作品はこの料金だ。毎週おサービスで、1本0.99ドルという作品が3本紹介されている。ときどき、この中に「当たり」がある。聞いたこともない俳優ばかりなのに、きらりと光るB級映画がある。ハリウッドの底力だ。
CDレンタル屋に行く必要もなく、並のCDレンタル屋の数十倍〜百倍というの巨大なカタログの中から映画を選ぶことができ、その数は日に日に増えている。戦前の無声映画から最新のテレビ番組まで、恐ろしい程の数の映画&ドラマが揃っている。しかも、この安さだ。一度この便利さを味わったら、CDレンタル屋に行くのが馬鹿らしくなる。
何かを娯楽で見たいときには、iTunesや、YouTubeで、自分の気に入ったものを選んで見ればいい。ラジオはポッドキャスト化されたものを、iPodで聞けばいい。そしてこれが日常化してしまうと、一定の時間に「放送」という形で一方的に流される「娯楽番組」という存在が、不思議なものに思われてくる。
その反対に、生の演劇、生の音楽会、そうした「生の芸能」の貴重さが、これまでもの何倍も大切に思えるようになってくる。なぜ、そうなるのか。長くなるので、説明はまたの機会に。
それにしても、ガラパゴス島でのiPadフィーバーは、どうやら大雪崩のきっかけになりそうな予感もし始めた。今日ソフトバンクから発表された「ビューン」という定額メディア購読サービスの内容を見て、そう思った。あとは、SIMロック解除で...。
きょうのお話は、ここまで。
面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。
2010/5/31

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
主婦の友社 定価 \2,100-
イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝
ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。
本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。
私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内
2010年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。また、この4月号から新たに
大修館書店発行の月刊『英語教育』での連載が2年目に入ります。欧州の食世界をさまざまな視点から読み解きます。ぜひ、ご一読を。
というわけで、エッセイもカルチャーでのお話も、
「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。
歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。
詳しくは→こちらへ。
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