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大原千晴

名画の食卓を読み解く

大修館書店

絵画に秘められた食の歴史

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シオング
「コラージ」9月号

卓上のきら星たち

連載39回

禁断のカナビスアイス

 

不定期連載『銀のつぶやき』 大原千晴
第145回 ハラールで出会う異文化

 
 

 

 
2014/09/23

 

突然のごとく巷に広まり始めた「ハラール」という言葉。この言葉の日本での受け止められ方に、ちょっと異議あり、なのであります。それは、なぜか。ご一読下さい。

 「コラージ」2014年7月号掲載のエッセイです。

 

 

 食関連で"HALAL"(ハラール)という語が使われる時それは「イスラームの教義に反しない形で適切に処理された食品」(特に羊を中心とした食肉で)という意味です。3月中旬幕張メッセで開かれた食の巨大見本市「フーデックス2014」。日本の出店業者さんが集まるホールでは、「ハラール認証」という言葉があちらこちらで踊っていました。

 

 数年前まで日本でめったに聞かれなかった、この言葉。興味深いのは、それがまるで「工業規格」もしくは「食品衛生基準」という雰囲気の扱いがなされていること。「コーランの教えに背かない」という意味での「宗教性」が薄れていて、「肉の捌き方や、食材使用の可否基準を満たしています」といった形の「技術論」に傾いている雰囲気です。これ、ちょっと残念です。そう感じるワケをお話してみたいと思います。

 「ハラール」(Halal)という言葉に初めて出会ったのは、今から二十数年前の、ロンドンです。ウェスト・ケンジントンか、エッジウェア・ロード、でなければホワイト・チャペルだったでしょうか。黒いチャードルを着た女性たちやパキスタン・バングラデシュ系と思われる男女の姿が珍しくない、街の肉屋さんでした。

 「銀のつぶやき」第133回(シーク教徒の食)でご紹介した、インド系の集中するサウソールのように、ロンドンは地域によって、住民の個性がはっきりしている地区が少なくありません。イスラーム系の多く住む街に行くと、英語ではない言葉が飛び交い、ひとつならずモスクがあり、民族衣装や独特の装身具を売る店が立ち並んでいます。

 

 そこは「白いイギリス」が中心の郊外ショッピングモールなどとは全く違う、活気ある異国情緒が一杯で、ケバブやカレーやあれこれのスパイスの香りが漂い、ローズウォーターのボトルやデーツ(ナツメヤシ)のパッケージが山積みされる街です。私にとって「ハラール」とは、そういう街の匂いと手触り、そして何より、その街に集まる人間たちと一体のものとして、イメージが出来上がっています。

 

 ヨーロッパの大都会ならば、パリだろうと、ウィーンだろうと、ミュンヘンだろうと同じこと。どこに行っても、必ず街のどこかに、イスラームの人々が住む一角がある。そこで「ハラール」と言えば、街の肉屋や食材店を象徴する言葉であり、お店の経営者も、店先に立つ店員も、そして主要なお客も皆揃って、移民としてやってきたイスラーム教徒です。このように「ハラール」とは、イスラーム・コミュニティの象徴とも言える存在なのです。。

 

 では、どれくらいの人口が「イスラーム系」に該当するのか。ロンドンを例に挙げれば、トルコ系30万人、パキスタン系30万人、バングラデシュ系10万人という推計があって、決して「少数」とはいえない人口です。この他に、中東アラブ&イラン系、エジプト&北アフリカ系、更にソマリア系など、合わせれば軽く百万を越える人数になっていきます。

 

 しかも、イスラーム系は今世紀最初の10年間で、他の宗教集団に比較して大きく人口が増えている。特にロンドン北部と東部の一部地域で、その増加が顕著です。都心に近い所では、バングラデシュ系が多く集まり、小説の舞台にして映画にもなった「ブリック・レーン」は、今では観光名所になっています。この地域、ユグノー教徒とユダヤ教徒の歴史とも深く関係する、ロンドン移民史の面白ポイントのひとつです。

 

 また、ベスナル・グリーン一帯は、モスクが4つもあって、バングラデシュやパキスタン系の人々が多く住み、地区代表として、ラシャナラ・アリという議員を国会に送り込むほどの力があります。その住人であるパキスタン系の知人は、「ここで暮らす限りは、英語をひと言も話せなくても、日常生活に何ら支障はない」と断言しています。このように、英国をはじめ欧州諸国で「ハラール」と言えばそれは、様々な偏見と差別を乗り越えながら、大都会をたくましく生き抜く、イスラーム・コミュニティを象徴する言葉として存在しています。

 

 英国全土に展開する庶民派 ス ー ハー "ASDA"(アスダ)内にはじめて、ハラールのコーナーが出来た時の記念写真

 これに対して、幕張メッセの会場の各所に踊る「ハラール認証」。まるでイスラーム諸国への「食品輸出に必要な手続きの名称」であるかのような印象です。

 

 「認証」を獲得した業者さんに話を聞いてみれば、当面の目標は、世界最大のイスラーム人口を抱えるインドネシアと、その対岸マレーシアの市場です。伸び盛りの両国ミドルクラスに向けて、日本からの食品輸出を伸ばしたい、そのためには、「ハラール認証」取って、シール貼って、安心して両国に製品(食品)送り出せるようにしたい。運が良ければ、アラブ諸国のお金持ちにも販路が開けるかもしれないし、東京五輪の来日客も……という感じです。

 

 あくまでも、海外主体。我が国ではイスラーム系の移民が限られていることもあり、これが「日々の暮らしに密着した戒律」だという「実感」が伴わない。ちょっと残念です。

 

 

 このエッセイを書くにあたって改めて、知人の駐日サウジアラビア大使館の外交官氏に確認してみました。彼によれば「ハラールの概念には、処理する羊や牛の安楽なる往生を願う気持ちが込められていて、実際にそうなるようにとコーランの伝統の下に処理手順が定められています。その祈りの心が大切なのです」とのこと。

 

 「ハラール」は我々にとって「異文化への新たな視点を開く扉」となり得るものです。単に食品輸出のための「認証マーク」として捉えるだけでは、あまりにもったいないと感じます。経済的視点からだけではなく、ハラールを日々の食事の戒律として捉える人々の暮らしぶり、さらには、食の歴史と文化に触れる絶好の機会であるという視点を忘れないで頂きたいと思うのであります。

 

  きょうのお話は、ここまで。

  面白いお話、出てこい。
    もっと早く、もっとたくさん。

2014/09/23

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
  主婦の友社     定価 \2,100-

  イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝

  

  

ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。

本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。

私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内

 2011年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。

 歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。

詳しくは→こちらへ。