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人間を主役に銀器と歴史を語る、ユニークな連載第2回目は、公爵夫人とアフタヌーンティーのお話

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不定期連載『銀のつぶやき』
第44回「フォアグラ禁止条例-1-

2006/9/21


フォアグラにトリュフが添えられれば、それでグルメ?
たいした意味もなくこれを料理に使いたがる「シェフ」がどこかの国には多いと感じませんか。こうした高価な食材は「ここで使ってこそ活きる」そういう使い方であってほしい、そう思います。

ところで、2006年9月19日現在、シカゴ(アメリカ)のレストランでは、フォアグラをお客に出すことが条例で禁止されています。まさか、と思われるでしょうね。でも、どうやら本当らしいのです、この話。日本ではあまり話題になっていませんが、「欧米」のメディアでは、かなり波紋が広がりつつあります。

8月末にシカゴ市でフォアグラ禁止条例が施行されました。それでレストランでフォアグラを出すことが「違法行為」となったわけです。この話を追っていくと、我々日本人の目に興味深いことがいろいろと見えてきます。それで少し追いかけてみました。長い話になりますが、興味のある人は読んでみて下さい。

フォアグラ禁止条例。何それ、ですよね。実はシカゴだけじゃありません。同じような法律が、あのシュワルツネガー様が知事を務めるカリフォルニア州でも既に通過しています。こちらはその施行が2012年とかで、それまでの間今しばらくは猶予期間が与えられています。

カリフォルニアの法律の内容はというと、要するに、州内でフォアグラの生産と販売を禁止するという内容で、シカゴと同じように、あと数年でレストランでフォアグラを食べることができなくなりそうな雲行きです。

シュワ様がこの州法制定を決断するにあたっては、サー・ポール・マッカートニーの進言も大きな影響があったとのこと。ちなみにポールは、菜食主義で有名な亡き前妻リンダの影響を受けて、オーガニックフードや動物愛護的な運動に強い共感を抱くようになっています。

ところでフォアグラって一体何?という人もいらっしゃるでしょうね。言葉は聞いたことあるけれど、どんなものなのかよく知らない、という人。ご存じない方のために説明させて頂きます。ちょっと百科事典風ですけどね。

フォアグラとはフランス語で、フォア=foie=肝臓、そして、形容詞グラ=gras=肥満した/太った、の組み合わせで、言葉通りに訳せば「肥満した肝臓」もしくは「肥育肝臓」ということになります。

要するに強制肥育させたガチョウやカモの肝臓を加工した食品のことで、赤みがかったストラスブール産と乳黄白色系のツールーズ産が有名で、フランスの美味を代表する高級食材の一つとして知られています。

なお、行き過ぎたグルメで、あちこちの有名レストランを食べ歩き、ソムリエ顔負けの量ワインを飲み尽くしているために、体型がふくよかになりすぎた人を称して「人間フォアグラ」「歩くフォアグラ」などと表現する場合もあります。

ところで「強制肥育」というのは、ガチョウ(もしくは鴨)の口をこじ開けて、一日何回か主としてトウモロコシを餌として無理にでも口にに流し込むことを言いいます。もともとガチョウは大食いで知られていて、それを「利用」した、ちょっと可哀想な飼育法です。

これを続けていくと4〜5ヶ月ほどでガチョウの肝臓は通常の数倍に膨れあがります。これを採取してよくさらして血抜きし、それぞれの作り手に応じてその後一定の処理(ここに秘訣があるらしい)をすることで、商品としてのフォアグラが出来上がります。

一般には缶詰で売られているものが多いのですが、より本格的には瓶詰めです。瓶の中にフォアグラを詰めて、その上を厚い脂肪で覆ったものは、上手に保存すると何年も持ち、しかも瓶の中で熟成が進むといわれています。なお、ごく一部で生が流通しているようです。

私はこれまでこの瓶詰めを何度か頂いたことがありますが、いつも届くとすぐに瓶を開けて食べてしまっていたので、自分の家で瓶の中で熟成させたフォアグラを食べたことはありません。瓶の中で熟成するなんて知らなかったのです。無知の悲しさです。

それでも初めて瓶詰めのものを食べたときは、その濃厚な味わいと濃密な舌触りそして香りの強さに、缶詰とはまるで別物だと感嘆したことを覚えています。今から三十年も昔の話です。

では、なぜフォアグラが禁止されることになったのでしょうか。

それは、この「強制肥育」という餌の無理強いが近年、問題視されるようになってきたからなのです。昔は誰も問題にしなかったことが、人々の考えが変わることで、良くないこととされるようになる。結構多いですよね、最近は。例えば喫煙もそうですね。

動物愛護団体に属する人々の目には、ガチョウの口をこじ開けてでも餌を流し入れるという行為が、許し難い動物虐待行為と映るのです。私も一度テレビでその様子を見たことがありますが、確かに、ちょっと可哀想な感じがすることは間違いありません。

でも、それを言うと、人間が生き物を食べること自体がいけない、ということにつながっていくような気がします。もっと徹底すれば、一木一草にも命あり。菜食主義ならいい、と言うことさえできなくなる。悩みは深まります。

ところで、シュワルツネガー知事がこう言っています。「州法施行までの猶予期間内に、ガチョウ(カモ)に苦痛を与えることなくフォアグラを生産できるような方向に業者の皆さんが努力して下さることを期待する」。確かに、そういう発言をしたくなるのは理解できます。

強制肥育をしない「普通に育ったガチョウのレバー」ではフォアグラと呼ぶものは作れないのだろうか。でもたぶん、無理じゃないかと思います。それができるなら、とっくに誰かがやっているはずですから。そう思いませんか。

話は飛びますが、アンコウの肝、食べたことありますか?下手なフォアグラよりも余程おいしい冬の味覚です。伊勢源といういいお店が東京にはあります。子供の頃よく連れてってもらいました。このアンコウ、肝を味わうという点では、同じこと。でもアンコウを生け簀に囲って「強制肥育」するという話は聞いたことがありません。

アンコウは悪食で有名です。その意味では、自分で強制肥育しているようなものかもしれませんが。その昔、巨大なアンコウの吊るし切りを見たことがあります。本当にいろいろな魚が丸のまま、そのおなかの中から出てきたのにはびっくりしました。

話が脱線しました。フォアグラ禁止条例に戻りましょう。

法律や条例を制定してまでフォアグラを禁止する。ちょっと極端だと感じます。そういう過激さが、こうした法律が生まれる背景には、存在しているのです。当然、強い反対が起きます。意見が先鋭に対立していきます。それは段々、思想をめぐる戦いのような様相を呈し始めているように、私の目には映ります。もう、単なる食べ物の話ではないのです。

シカゴで、この条例に公然と反対意見を述べた有名シェフの店は、その様子がニュースで放映された翌日、店のガラスが割られ、入り口に血にそっくりな液体をまき散らされるという事件が起きています。暴力による脅しです。以後このシェフはメディアからのインタビュー要請をすべて拒否しているといいます。

近年、一部の動物愛護団体は、その行動がかなり過激になってきています。動物愛護のためならば銃を手にすることも厭わず、というような側面もあります。一部の捕鯨反対論者の人たちが、かなり過激な行動をとることは皆さんもよく、ご存知だと思います。よく似ていると思います。

だからといって、シカゴのレストラン業界が黙っているかといったら、そんなことはありません。業界が協同で条例に反対して訴訟を起こすという動きもあります。訴訟社会アメリカですから。また、動物愛護団体のあまりの過激さに、これに対する一般人からの反発も徐々に強まってきていて、施行されたばかりのこの条例について、シカゴ市長がその見直しを検討しているという報道もなされています。

また、シカゴのあるピザ屋では、これまでだってあり得ないのにわざわざトッピングにフォアグラの薄片をのせた「フォアグラ・ピザ」を一日に限ってメニューに載せて出したそうです。店のオーナーにはコックさんの友人が沢山いて、彼らの行動の自由をアッピールするために行ったとのこと。有名シェフを脅すなんて、とんでもない、ということのようです。こうした行動に出るのは大変な勇気が必要ではないかと思います。

ところで、シカゴといえばアル・カポネ。アル・カポネといえば禁酒法。禁酒法といえばスピーク・イージー(もぐりで酒を飲ませる闇酒場)です。昔のギャング映画でよく見ました。今シカゴでは、かつてのスピーク・イージーそのままにフォアグラを密かに食べさせる店が出現し始めているという話です。

「旦那、いいブツがストラスブールから届いてますぜ。いやあ、カナダのケベックから特別なルートってことでね。金曜日に取れ立てのトリュフをお付けしてブドウのソース仕立てでアランが腕を振るうことになってますんでさ。いえね、地下の例の部屋でね。ネスの野郎に嗅ぎ付けられないよう気を付けて下さいよ。」なんて感じでしょうか。

アメリカというのは「自由の国」でありながら、時に禁酒法やフォアグラ禁止条例を通過させるような、行き過ぎた生真面目主義みたいな考えが意外と力を持つ場合がありますよね。

例えばタバコの喫煙。これについては最近日本でも急速にやかましくなってきましたが、その発信源は何といってもアメリカです。実際シカゴでは、フォアグラ禁止条例が施行されるしばらく前に、市域全域で公共の場での喫煙を禁じる条例が成立しています。

 

そういうやかましさ。ピューリタン的な禁欲主義。時にこれが過激な戦闘的な運動になっていく。日本とは根本的に異なる社会の一側面のような気がします。フォアグラ禁止の話は、そんな話の一つのように見える思えるのですが、如何でしょうか。

長くなってきたので、ここでいったん、休憩します。次回へと続きます。         

次回(第45回)へとつづく

   

 

 

きょうのお話は、ここまで。

面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。

2006/9/20

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