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主婦の友社

発行のインテリア雑誌

「プラスワンリビング」

7月7日発売の号より

連載開始


人間を主役に銀器と歴史を語る、ユニークなモノがたりが始まります。

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第40回「おめでとう、コシーバさん」

2006/7/04

ロンドンで開かれる規模の大きなアンティークフェア会場での出来事。家具、ガラス、陶磁器、絵画、置物、宝飾、時計、そして銀器。丹念に見ていけば、あっという間に半日は過ぎてしまう。毎年恒例で「世界中からバイヤーが集まる」というのがこのフェアの宣伝文句になっている。一応は。

さて、その会場をぶらぶら歩いていたら、よく知っている銀屋さんのブースに出会った。ロンドン某所に店があり、夫婦二人でやっている。だいたい奥さんが仕切っていて、奥さんが出られないときには、ご主人が店番をするという店だ。何度かご主人に会ったことはあるが、いかにもサラリーマンらしい感じで、可能なときに手伝う、そんな話だった。それでも、このフェアにはよく出展していたと思う。

私がフェア会場を訪れた日には、ご主人が一人でブースにいて、出展業者の服装にちょっとうるさいフェアでもあり、ダークスーツにネクタイ姿だった。度の強い眼鏡にスーツ姿の彼は一見、年格好からしても大企業部長タイプといったところだ。

私が近づいていくと、ちゃんと私のことを憶えていて、挨拶もそこそこに突然

「コシーバさんノーベルプライズおめでとう」

と言ってきた。日本中で島津製作所の田中さんと共にダブル受賞で大騒ぎとなった、あのしばらく後のことだ。それにしても、どうして突然、小柴さんのノーベル賞なんだろうか。こんなことを同業者から言われたのは初めてのことでもあり、不思議だった。そこで、

「科学に興味があるんですか?」と聞いてみた。愚問だった。

「少しはね」とニヤリとしながら、「実は、ジュネーブに核関連エネルギーの研究所があって、私はそこに勤めています。時間のあるときにこうして、妻の店を手伝っていることは、あなたもよく知っての通りです。本当は私がやりたいのです。息子は息子で、オクスフォードで物理学を教えています。」

唖然、である。

この人の場合、単なる「店番」ではない。深い知識があって特に、古い銀器については、かなりの造詣の深さだと常々思っていた。だから本当は脱サラしていつか銀屋になりたいけれど、それじゃ食べていけないので、今のところは奥さん中心で…というのだと思っていた。だから、少なくともその推測がある程度は当たっていたことにはなる。それにしても勤め先が「ジュネーブの核関連エネルギーの研究所」とは。しかも、息子はオクスフォードで物理の先生、である。

「じゃあ、ジュネーブとロンドンをよく、行ったり来たりしてるんですか?」

「もちろん。多いときには一週間に二度、往き来することもあるくらいです。だから、家にはよく戻っています。ジュネーブの研究所には日本の学者も来ていますよ。」

再び、唖然、である。

核エネルギーの研究なんて、あまりにも私の世界からはかけ離れている。ただ、高校時代の友人に一人、核融合を専門分野として防衛大の教授を勤めているO君がいる。彼とは数年前に少しメールのやり取りがあって、そのうち会いたいね、と言ったままになっている。きっと、O君に聞けば一発でわかる世界なのだろうと想像した。

後でロンドンの業者仲間に聞いてみたところ、彼ご本人よりも息子さんの方がはるかに優秀だと言われていて、将来大物になる可能性があると噂されているのだという。ジュネーブの研究所勤めの上を行く、ということになるではないか。となると、未来のノーベル賞候補か。

ところで、今から十八年前、私が初めて懇意とったディーラーは極めて親切な人で、銀器はもちろん実に様々なことに詳しい人で、私にいろいろな事を教えてくれた。サッチャー政権黄金期に彼は、熱烈な労働党支持者で、口を極めてサッチャー政権を批判していた。ところが、ブレアのニューレイバー登場後、ブレアは労働党の本質を忘れていると、今度はブレア批判。面白いなあと思いながら聞いていた。あるとき、他の業者と、彼についてのうわさ話となった。

「彼はすごく知識が豊富で、いろいろ親切に教えてくる人ですね」
と言ったら、
「当然だよ。だって彼、この世界に入る前はオクスフォードで歴史の講師だったんだから。」


それを聞いたときは、本当にビックリした。あとで御本人に確認したところ、専門は現代政治史。政治にやかましいわけだ。ただ、学問の世界ではいまひとつ、ハッピーではなかったらしい。数年前に引退してしまったけれど、彼には今でも感謝している。

英国のアンティーク業者には意外な経歴の持ち主が山ほどいて、話していけばキリがない。モノはもちろん、しかし、人間がまた面白い。だから、話をしていて飽きることがない。

2006年の夏、ロンドンは熱波。

一昨日ある業者から聞かされた話は、1950年代エジプトはカイロの話。彼はそこで育ったという。だからカタコトのアラブ語が話せるという。これがまたおもしろい話で。その次の業者とは、ベイルートの「ポール」(フランスパンとペイストリーの有名店)の話。ちなみに、ロンドンのポールのパンは、まちがいなく、おいしい。でも、ベイルートで食べてみたい!

そんな話を次から次へと聞きながら、いい銀器を求めて歩き回っている。千夜一夜のように続く話のタペストリーに幻惑されて、銀器の値段を間違えないように気を付けながら。

と、この話を書いて一週間ほどしたら、今回のイスラエル対ヒズボラ紛争勃発。とてもベイルートの「ポール」には行かれそうにない。この話をしてくれた人は、2006年5月に行ってきたばかりで、「もうぜんぜん安全で何の心配もないよ」と言っていたのに。レバノンはとても美しい所だと、これまで何人ものレバノン人から聞いている。だから、いつか行ってみたいと、ずっと思っているのに…。

   

 

 

きょうのお話は、ここまで。

面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。

2006/7/04

■講座のご案内

秋になると、いろいろな場所で、少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。話の内容は様々ですが、基本テーマは一つです。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」

歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事。銀器という枠を越えて、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さについて、お話ししたいと考えています。

詳しくは→こちらへ。