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2006年夏 主婦の友社

発行のインテリア雑誌

「プラスワンリビング」 (隔月刊)7月7日発売号から連載開始。

人間を主役に銀器と歴史を語る、ユニークなモノがたりが始まります。

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第34回「デニーズのクラブハウス、2」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006/3/27

前回からの、つづき)

オクラホマシティのデニーズに戻ろう。

日本のデニーズそっくりの店内に案内されると、ちょっと暗めの照明で、これだけが日本と雰囲気が違う。それ以外は、ほんとうに、そっくり。あの写真が一杯のパウチされた大きなメニューも、一見そっくり。でも、幾ら読んでみても、英語しか書かれていない。もちろん、「和風ハンバーグ」は見あたらない。これは当然なのに、むしろ不思議な気がしたから、おかしい。

インディアン系の四十前後と思われるウェートレスは、テキパキとしていて、その仕事ぶりには目を見張らされた。店内のお客の入りは半分くらい。それを彼女一人で、サービスしている。いくらお客が半分ほどとはいえ、五組くらいは入っているわけで、これを一人でサーブするのは、なかなか大変だ。

客席への案内、水運び、注文取り、料理のサービス、そして、食べている間のコーヒーのサービス。食後のテーブル片づけから更に、会計レジまで彼女が一人でこなしていた。日本なら、最低でも二人でサービスすることになる仕事量だ。両手に一杯の料理を抱えて、小走りにキッチンから出てくる様は、映画を見るようだった。

そして日本と決定的に違うのは、その応対の「自然さ」だ。あの、マクドナルド自動応答マシンのような、マニュアル丸暗記応対とは違って、全てが自然でスムース。40歳前後という年齢も大いに関係あると思う。それこそ、「任せて安心このオバサン」というよりも、「プロの仕事」だと思った。だからチップを置く気になる。というよりも、チップ文化がプロを生み出すのかもしれない。

場所は変わって、テキサスはダラスのちょっとトレンディなバー。

その店には背広姿の、ビジネスマン、ビジネスウーマンが集まっていた。中国系か、ひょっとしたら日本人とも思える東洋系のお客もいた。もちろん若い白人カップルも何組かいて、「白いドレスの女」風が、スーツにカウボーイブーツの大男とカウンターに並んでいたりする様子は、いかにもテキサスだ。

この店で、私の目に一番新鮮だったのは、ちょいエリート風のメキシコ男たちだ。小太りでチョビ髭はやして、東京で出会えば何だか怪しいおじさん風。でも、スーツの仕立てが、いい。プロのビジネスマン独特の雰囲気がある。絵になる男たちだ。メキシコ系と言えば不法移民、というイメージとはまるで違う人たちがいることを、ここで初めて知った。

この店のウェートレスは場所柄、ちょっとツッパリ風のお化粧派手目のブロンド美人。グラマラスで声はハスキー。これがセクシーで売っているかと思うと、とんでもない。ほんとにサービスがちゃんとしていた。細かいことまで目が行き届いていて、動作が素早い。

彼女が手際よくテーブルに並べたメキシコ料理とテキーラ。これがおいしかった。テキーラもメキシコ料理も、あんなにおいしく感じられたことは、ない。何もかも珍しくて面白いと思いつつ、教えられたとおり、手に乗せた塩をなめなめ、ジンジンに冷やされたテキーラをグイッ。男の野生が戻ってくる気がした。

こんなふうに、テキサスとオクラホマでは、ウェートレスの女性達によるサービスに、感心することが多かった。たいていは、三十歳以上の女性たちだ。彼女たちは一様に、元気で愛想がいい。手早いサービス。そして、一生懸命に働くたくましさ。これも共通している。大和撫子カワイコちゃん高校大学生アルバイトの何倍もの「実力」を感じさせられた。文字通り、仕事が出来る女たち、という感じだ。

もちろん、そうでない店もある。でも、こういうことを話してみたくなるほど、いい感じの場合が多かったこともまた事実だ。ルート66沿いの、古い食堂(下のピンぼけ写真の店)で食べた朝食のサービスも忘れられない。

ベンチ脇にある黄色い玉は、ハロウィーンのカボチャで、これから飾る準備中。何とも無造作。何だかうらぶれた雰囲気だけれど、ウェートレスはテキパキ元気で、この店のチリバーガーは、おいしかった。建物はご覧の通り、かなり古い。

二階の窓の造りなどからは西部劇時代の面影が感じられ、実際この並び数軒先には、馬具屋さんがある。そこには鞍(くら)や鐙(あぶみ)が幾つも飾られていて、ごく当たり前の店として営業している。馬に乗る人々がいるから馬具屋さんがあるわけで、ロンドンなどで見かける乗馬用品店とは全く違う、生きたカウボーイの世界がここにはある。

ハリウッド映画には、ウェートレスが、それなりに重みのある役割で登場する作品が、珍しくない。それだけウェートレスという仕事が、一種「存在感」がある仕事であり、そんな映画に出てくるような女たちが実際にいるから、映画になるのだと思った。

そういえば、ニューヨークのいつも満員フレンチビストロでも、恐ろしいほどのプロ意識を感じさせる女性のサービスが印象的だった。プロのウェートレスという存在、これは、ひとつの文化ではないかと思う。

ところで、オクラホマシティのデニーズでは、もちろん、クラブハウスサンドイッチを注文した。日本のデニーズのそれより、ずっと迫力のある大きさで、ポテトの量も倍はあったと思う。それを食べながら私は思い出していた。

あの東京郊外のデニーズで、「大原、好きなもの頼んでいいぞ、遠慮するな」といつも言ってくれた、「和風ハンバーグ」一筋の上司。時に怒鳴られながらも、今となってみれば、仕事への姿勢で、教えられた部分も大いにあった。はるかオクラホマシティで、そんなことをちょっと思い出すのも悪くないなと思いながら、大きなクラブハウスを、口一杯にほうばっていた。

きょうのお話は、ここまで。

面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。

2006/3/27

■講座のご案内

この春先もまた、少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。話の内容は様々ですが、基本テーマは一つです。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」

歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事。銀器という枠を越えて、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さについて、お話ししたいと考えています。

詳しくは→こちらへ。