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主婦の友社

「プラスワンリビング」

11月7日発売号

「アンティークシルバー

の思い出」


銀器の歴史に秘められた
人間ドラマを語る連載15回

今回の主人公は
1930年代フランス銀器

の世界 に革命を起こした
ジャン・ピュイフォルカ

伝統に安住することなく

独自の世界を切りひらいた男の

興味深い生涯をたどります

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第87回「チーズ論争」

2008/10/20 

    
フランスで意外な論争が進行しているらしい。風の便りに聞こえてくる話だとそれは、チーズの作り方をめぐる、かなり厳しい論争であるようです。

言うまでもなくフランスはチーズの国。その種類の豊富さは欧州でも抜群で、それを誇りとするする人たちでもあることはよく知られている。チーズの種類の多さはそのまま、フランスの地方色の豊かさを反映している、と言われ続けてきた。

ではそのチーズづくりで何が問題になっているかというと、原材料のミルクです。チーズは牛やヤギのミルクから作られる。手で絞るか機械で絞るかはともかくとして、絞られたミルクをそのまま原料として、これを発酵熟成させることで作られる。そんなことは誰だって知ってます。

では、そのミルク、飲用として市場に送り出されるミルクのように「殺菌」されるのかどうか、知ってますか?

これぜんぶバター。2008年8月末 マルセイユのスーパー、バター売場。バター不足?

 伝統的には生乳をそのまま利用して作られてきた。市場に飲用として提供する牛乳のようなやり方での殺菌はしない。考えてみれば当然ですね。殺菌すれば微生物の働きが大幅に抑制されるから、発酵しにくくなる。すなわち腐りにくくなる。要するに、ミルクがチーズになりにくくなる。チーズ造りでミルクの殺菌はナンセンス、のはずです。

牛乳は殺菌すればするほど風味が失われていく。生乳→低温殺菌牛乳→高温殺菌牛乳→ロングライフミルクという順番に風味は失われていく。はっきり言えば、この順番に、おいしさが失われていく。

しかし、オイシサを犠牲にしても、この順番に「賞味期限」が長くなっていく。牛乳消費が多い国では、このことも無視できない要素になる。ロングライフミルクには「一定の合理性」があります。

この夏マルセイユにしばらく滞在して食品の市場を見てきました。意外なことですが、マルセイユのスーパーの棚では、ロングライフミルクの方が低温殺菌牛乳よりもずっと大きなスペースを占める形で売られています。

冷蔵ケースではなく、缶詰なんかと並んで普通の棚に箱入りのロングライフミルクが山ほど積まれていました。冷蔵ケースのミルクのざっと3倍から5倍という量です。これには驚きました。ロンドンではまず、考えられない事態です。気候や住民の構成など色々な要素が背景にあると考えられますが、マルセイユはミルク文化圏ではない、そう直感しました。

ちょっと脱線しちゃいましたけれど、今回のチーズ論争、このことと大いに関係しています。なんのことか。

生乳ではなく、低温殺菌牛乳を原材料としてチーズを作ることがいいことなのかどうか、これが論争の焦点となっています。

伝統主義者は当然、低温殺菌牛乳を材料とするチーズなんて認めません。そんなものトンデモナイ! 生乳を上手に発酵熟成させたものだけが「本物のチーズ」なのであって、殺菌した牛乳で作るチーズなんて、チーズじゃない! これが一つの立場です。

これに対して、大手チーズメーカーとスーパーは、その反対の立場に立ちます。低温殺菌牛乳を原材料とすれば大幅に賞味期限を長くすることができる。とりわけ人気の高いカマンベールタイプのソフトチーズについて、店頭により長く展示しておくことが出来る。アメリカや日本のような遠くの国に対しても、賞味期限の心配をすることなく、「安心して」輸出することが出来る。

長年研究開発を行ってきた結果、たとえ低温殺菌牛乳を材料として使用しても、伝統製法と同じような風味のチーズを作ることが可能になってきた。技術開発の成果なのであって、これを認めないという伝統主義者の考え方は時代錯誤だ。これがもう一方の立場です。

伝統主義者VS大手チーズメーカー。

プロヴァンスの贈り物。 エクサンプロヴァンスの市場で。

チーズの話題に関係ない? まあ、いろどりです。

 

 この問題は、チーズの素材としての牛乳の入手経路とも関係しているようです。当然、経済のグローバル化という大きな構造変化が背景に見えてきます。

生乳よりも殺菌された牛乳の方が流通に適している。当然ですね。鮮魚よりも干物の方が取り扱いが楽です。遠くからでも運んでこれますから。低温殺菌された牛乳なら、遠方で作られた牛乳でも材料にすることが出来る。

フランスはEUの中心国です。だったら、より物価の安いEUの端っこにある国から牛乳を持ってくればいい。輸送過程での変質を考えれば、そのためには最低限、低温殺菌されている必要がある。

より安価に、より安定的に、そして、より大量に、チーズを作るには、低温殺菌牛乳を材料とするのが、生の牛乳を使うよりもずっと経済的に合理性がある。だからこそ大メーカーは長年研究開発に励んできたわけです。そうした背景も見過ごせません。

伝統主義者は、こうした「新しいチーズの製法」に反対する人たちであり、昔からの製法でチーズ作りを守ってきた人々が中心です。そして、これを強烈に後押しする、味覚にうるさいグルメ達。

しかし、美食の国フランスといえども、時代は全国展開の大スーパーが食品流通の中心になってきています。必然的に大チーズメーカーのものが流通の中心になっていく。中小零細の伝統的なチーズ造りの店は衰退していく。こうした要素も論争の背景にあります。「伝統食文化の保護」という問題に直結しています。

オイシサについては、これはもう、言うまでもないですね。伝統製法がおいしいに決まってます。

マルセイユもパリもロンドンも、似たようなカマンベールタイプのチーズがズラリと並んでます。そして、その大半は…。東京?

我々はあまりやかましくありませんけれど、たぶん、日本ならば「漬け物」の世界に、これと似た論争の種がありそうな気がしませんか。世界はグローバル化に向けて着々と進行しています。梅干しとか…。

きょうのお話は、ここまで。

面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。

2008/10/20

■講座のご案内

この冬は、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。11月の「グルメレクチャー」をはじめ、これ以降来年春にかけて、これまでになく多様な形でお話をする機会がありそうです。

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