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大原千晴

名画の食卓を読み解く

大修館書店

絵画に秘められた食の歴史

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シオング
「コラージ」9月号

卓上のきら星たち

連載39回

禁断のカナビスアイス

 

不定期連載『銀のつぶやき』 大原千晴
第144回 スタバなきボローニャ 2

 
 

 

 
2014/08/12

 

  前回 の続きです。

 23年ぶりのボローニャ探訪記。

 「コラージ」2013年11月号のエッセイに加筆&加像。

 

 

 前回に続いて、ボローニャのお話。街の中心部は、二十三年前には考えられなかった、グローバル・ブランドの店が軒を連ねていて、いささかガッカリ。宿のマネジャーにそう言ったら、予期せぬ答えが返ってきた。「そりゃ、21世紀インターネットの時代ですから。でも、自慢できることがあります。この街には未だに、スターバックスが、一軒もありません。凄いでしょ」。

 マクドナルドは、ある。しかし、スタバは、ない。「なぜスタバが、ないのか。街で一番美味しいカプチーノを出す店がありますから、ぜひ行ってみて下さい。そしたら、解りますよ、そのわけが」と紹介されたので、さっそく翌日訪ねてみた。本当に小さな店。いかにもオタクっぽい三十代半ばという感じの男が、一人で切り盛りしている。世界中どこだって、本格派のコーヒー屋と骨董銀屋は、オタクチックと相場が決まっている。

 で、カプチーノと自家製チーズケーキを試してみた。合わせて5ユーロに満たない金額。私自身一時、豆の自家焙煎に凝っていた。だから多少は、コーヒーを知っている。しかし、カプチーノの真の美味しさは、何も知らなかったのだと、この店で思い知らされた。どちらかと言えば無愛想な店主に「ホテルのマネジャーに言われて訪ねてみた」と言ったら、すかさず「ジョヴァンニか。で、カプチーノとケーキはどうだった?」。「文句なし!」と答えたら、うなずきと微笑みが返ってきた。

 店を出る前に、地下のトイレに降りた。店主自身が塗り上げた荒々しい仕上げの、朱色の壁。そこに貼られたサキソフォン奏者の古びたモノクロのポスター。ジョン・コルトレーンだ。その昔長くモダン・ジャズに沈潜していた私は、ポスターの貼り方、ペンキの塗り方、そして、その色彩感覚に、自分に共通する「オタク志向」を感じた。

 そうか、店主はコルトレーンが好きなのか。あのダサいサックスがねえ。まあ、人の好みはそれぞれだ。同じ意味で、スタバのカプチーノだって、決して悪くはない。しかし、ある一点の高みを追求するという姿勢においてスタバは、この小さな店の「オタク」志向&嗜好とは、勝負にならない。そして、この店主に代表される志向&嗜好を好む人々が、ボローニャには多く住む。薄切りハムやソーセージのパック詰めには、見向きもしない人たち。それは同時に、専門店のコーヒーに、妥協のない水準を求める人たちなのであって、生半可な味では、決して満足しない。スタバが出店したとしても、お商売は難しそうだ。

 

 たしかに、街の一部は観光化が進み、H&Mにナイキ・ショップ化し、若いツーリスト向けの安いピザやパスタ中心の店が、二十三年前よりは増えている。しかし、その点を除けば、むしろ、様々な点において、以前よりも専門店の水準が上がっていると感じた。欧州一古く、ウンベルト・エーコがいるボローニャ大学の伝統のお陰だろう、この小さな町で、本屋に出くわす機会が多い。例えば、新規開店間もない新刊書店。旅のガイドブックの隣に、現代思想や文化人類学、政治学さらには哲学書が平積みされている。思想とアートが、棚一杯にぎっしり詰まっている。その一方で、古色蒼然たる店構えで、ムッソリーニとファシスト関連の書籍が山ほど揃っている古本屋。

 日本から持ってくるのを忘れて、双眼鏡を買いに小さなカメラ&光学機器店に入ったら、「これが一番」と出されたのが、普段使っているニコンとは価格が一桁違う、カール・ツァイスとライカだった。冗談でしょと言ったら、「明け方と夕暮れに使ってみれば、他の安価な製品との違いは歴然ですよ。ニコンをお使いの日本の方なら違いがわかると思いますけれど」と、生まれて初めて双眼鏡の本質に触れる説明を受けた。同行者のお土産買いに付き合って入った、小さなスカーフ専門店は、ニューヨークのヘンリ・ヴェンデルが霞んで見える、驚くべき品揃えだった。

 

 

 カフェ、本屋、光学機器屋、そして、スカーフ屋。それに夢のような水準のアイスクリーム屋。小さな専門店が、それぞれの専門をとことん愛して、オタクチックに営業している。またこの小都市は、ランボルギーニとバイクのドゥカティ創業の地でもある。世界的に知られる歌劇場、ロンドンのナショナルギャラリーの中世美術コレクションが子供だましに思えてくる、美術館と教会フレスコ画の数々。挙げていけば、キリがない。要するにボローニャは、重々しい伝統を背景にした、本物指向が極めて強い町なのだ。「イタリア随一の美食の都」は、単に「食」の水準だけが突出しているわけでは、決して、ないのだ。

 

ボローニャNo.1の座を競う2店のうちのひとつにて。

アイスクリーム好きの私は2店甲乙付けがたし。

アムステルダムに、この2店に並ぶ水準の店あり。

 

 ところでこの小都市は、近世の歴史上、様々な政治闘争の舞台となっていて、今もその激しさは変わらない。四世紀に渡って続いたヴァティカン直轄領時代の後、第二次世界大戦前は、ファシストの強力な拠点のひとつとなる。戦争中は反ファシストのレジスタンス勢力が強く、戦後は社会・共産党系の左派勢力が政治の中核を占めてきたことで知られる。実際、街で一番目立つスーパーのチェーンは「生協」だ。それはしかし、東京で「生協」と呼ばれる店舗とは別世界で、「ブルジョワ的デカダンス」と呼んでもいいほどのグルメ志向に満ちている。「はじめに主義主張ありき」ではなく、「まずもって官能に導かれる食ありき」。それこそが楽しく生きる原点だと、赤い都市ボローニャ生協の棚が物語っている。

 

 

  きょうのお話は、ここまで。

  面白いお話、出てこい。
    もっと早く、もっとたくさん。

2014/08/12

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
  主婦の友社     定価 \2,100-

  イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝

  

  

ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。

本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。

私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内

 2011年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。

 歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。

詳しくは→こちらへ。