2014/06/30
23年ぶりのボローニャ探訪記。
「コラージ」2013年10月号のエッセイに加筆&加像。

北イタリアの古都ボローニャ。人口38万の小都市ながら「イタリア随一の美食の都」として知られます。作年の夏23年ぶりに再訪問。前回は、国際空港があり、鉄道と道路の要衝で、周辺のルネサンス都市を訪ねる拠点として便利そうだという、ただそれだけの理由で、訪れました。あくまでも滞在拠点。ところが到着第一夜から、どこで何を食べても「異様に」美味しく、街並みの素晴らしさをはじめ、美術館・教会など訪ねるべき歴史遺産は数多く、その深い魅力にぐいぐい引き込まれていく。で、当初の予定はすべて変更。2週間この街から一歩も出ることなく過ごすとことに。一目惚れです。その同じ街に、23年ぶりの再訪。イタリア有数の歴史文化都市は、どのように変わっていたか。それが今回のお話のテーマです。なお、23年前の訪問については、「銀のつぶやき」第9回、第10回、第11回、の3回に渡って記していますので、御一読下さい。
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旧市街中心部の裏道は狭く迷路のように入り組んでいて、面白いのは、その歩道。車道の延長ではなく、建物の一部という構造で、その大半は、建物から庇状に車道側にせり出したポルティコと呼ばれる「屋根」で覆われている。このため旧市街中心部はどこに行っても、車道と歩道の境に、ポルティコを支える柱が列柱状に続くことになる。また、その屋根の内部に様々な絵が描かれていて、これが小さなドームの連続となっている場所も多い。


建物が商店でない場合には、その玄関扉に家ごとに個性がある。分厚い木材を意匠化された鋳鉄で補強し、外部に対しての強固な護りの姿勢が感じられる造りが多く、時に見惚れるほど見事な造形を見かける。こうして昼でも薄暗い歩道を行くうち、突然パッと視界が広がる所に出くわすことがある。それが広場でなければ、古い教会の前と相場は決まっている。バロックのオルガンが聞こえ、鐘楼から鐘の音が響く。


シーズンであっても、一歩名所を離れれば、街を歩く人影は少ない。続く列柱、天井に絵、中世のような玄関扉。夏の強い陽光がこの列柱沿いに作り出す深い影を踏みながら、そんな空間を歩いていけば、徐々に現実感が失われていく。そしていつしか、あの永遠に固定されたキリコの絵の世界を自分自身がさ迷っているかのような感覚におちいっていく。23年前もそうだった。この街は、何も変わっていない......


しかし、時は2013年。建物の中に「入居する」商店や飲食店、これが大きく変わっていました。特に旧市街中心部の一帯で。ザーラ、H&M、ナイキショップにディズニーショップ、そして、広場前の最高の一角には、絶対ないはずの、マクドナルド! 1920年代の雰囲気そのままだったカフェは、今や明るいモダンな表参道にあるような店に変身していて、観光客で大繁盛。

この激変ぶりを目にして呆然です。「昔日の恋人は遠きにありて想うもの」だったのか。グローバル展開立ち並ぶインディペンデンツァ通りを歩く私は、再会初日から残念がっかり宿へ帰ろう気分。しかも、この日は最高気温39度。レストランに行く気もすっかり失せて、宿泊先のそばのスーパーに立ち寄ることにしました。ビール&ワインにチーズで、旅の計画立て直しです。
入り口外観は少々よれた庶民派スーパー。中に入るとそこは野菜&果物売り場。アッパッパーにサンダル履きの太ったおばさん達とヤンママがお客の中心です。「あーっ涼しい」とひと息つきながら、そこに並ぶ野菜果物を見始める。唖然です。種類が豊富で、鮮度が素晴らしく、とりわけ緑の葉野菜類の瑞々しいこと。しかも、そのすべてが基本的に「量り売り」。偉い!
野菜果物の次は、オイル・酢・塩などの売り場。これまた種類の多さに、ふたたび唖然。その先には、氷敷きつめの鮮魚コーナー。種類は限られるものの、生臭さなど微塵も感じさせない新鮮な魚介類が並んでいて、その多くは切り身ではなく、丸のママです。その先にはチーズ売り場。パルメザンと水牛を中心に多種類が山積み。見かけ豆腐を思わせる水牛のチーズ、これほどの多種類を見たのは生まれて初めて。そこを過ぎると、生パスタのあれやこれや。この街はスパゲッティ・ボロネーゼ(ボローニャ風)発祥の地で、トルテリーニの充実を筆頭に、文句なし。

黄色い掲示の数字は、100g当りの価格(ユーロ)
そして極めつけが、上の写真にある「ハム・サラミ売り場」です。優に80種類を越す様々なハムとサラミ、その塊がズラリと並ぶ棚。そして順番を待つお客の列。その脇には、ハム・サラミの薄切りパック詰めを並べた大きな売り場(冷蔵ケース)が続きますが、人影はまばら。見ていると、ハム類を購入するお客の半分以上が、棚の塊を指さして、スライサーで切ってもらって購入しています。「パック詰めのハムやサラミなんて……」なのです。
価格は、野菜果物で概ね東京の半額〜三分の一。チーズや食肉加工品は、その品質の高さを考慮に入れると、三分の一、いや、五分の一という感じです。要するに、比べるだけ虚しくなる、別世界。一瞬、わが故郷、輝けるガラパゴス列島首都のスーパーの、お粗末な情景が頭をよぎる。

一見、種類も豊富で、おいしそう......
まあ、誉めてばかりじゃなんだから、ダメな点をひとつ。率直に言って、ボローニャでは、パンがよろしくない。そりゃ見かけ上は多種類揃っていますよ。でもね、タネとテクスチュア(質感)は、ほとんど皆同じ。表皮が一定の硬さでパリっとしていながら内部はネットリもちもちで香り高い、なんていうパンは、まず売られていない。パスタ文化圏である上、朝しっかりパンを食べるという習慣もないため、仕方がないところです。食文化の個性ですね。これが、列車で1時間ほどのヴェネト州に上がっていくと、パン事情が少し違ってきます。第142回「ヴェネツィア海鮮バーカロ」でお話した背景があるからです。

最後に、お断りしておきたいのは、これ、間違っても高級食品スーパーの話ではない、ということ。庶民派スーパーの最たる店の話です。なのに「薄切りパック詰めのハムなんて……」と大半の客が思っている。舌の水準が、恐ろしく高い。
確かに、23年前に比べて、街の中心部はグローバル化が進んで並ぶ店舗の雰囲気が大きく変化している。しかし、こと「味覚」に関しては、以前と何も変わらない。それどころか、23年前よりも、より贅沢になっている。いろいろな場所でそう、感じました。「イタリア随一の美食の都」という呼称は、決して伊達ではなさそうです。
次回へと続きます。
きょうのお話は、ここまで。
面白いお話、出てこい。
もっと早く、もっとたくさん。
2014/06/30

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
主婦の友社 定価 \2,100-
イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝
ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。
本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。
私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内
2011年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。
「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。
歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。
詳しくは→こちらへ。
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