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大原千晴

名画の食卓を読み解く

大修館書店

絵画に秘められた食の歴史

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シオング
「コラージ」1月号

卓上のきら星たち

連載31回

歓楽都市ヴェネツィア

 

不定期連載『銀のつぶやき』
第132回 マンハッタン、オートマットの女

 
 

2014/1/18 

 

 明け方、窓を開けると、息が白くなる。まだしばらく、冬がゆるむことはなさそうです。こんな日の夕方、外を歩いていれば、ちょっとひと息つきたくもなる。 

 夕暮れの街で、ふと店に入る。いい女が一人、テーブルに座っている。心惹かれる。今夜この大東京のどこかに、この絵そのままの女が、いそうな気がする。1927年冬のマンハッタンは、2014年の東京に通じている。そんな思いを込めて書いた一文です(『コラージ』2013年4月号に掲載されたものに加筆)。

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 若い女がただ一人、じっとカップの中を見つめている。彼女、果たして、何を思うのか? 襟と袖口には、贅沢な毛皮のトリム。右の手でコーヒーカップを持ち、その前に、一枚の空いた小皿。置かれていたのは、チーズケーキか、アップルパイか。左手は、スウェードらしき革の手袋を着けたままだ。

 

 入り口脇のスティームは、触れ得ぬほどに熱いはず。ドアが開けば、街路の冷たい風が吹き入るけれど、暖房装置の熱塊が、その冷たさを和らげて、女をやさしく包み込む。待ち人、それとも、ひと休み。いや、相手が去った、あとではないのか。

 

 その目は、じっと、カップの中を見つめている。その伏せた目に、切なさを感じる。一抹の、寂しさも。見え隠れするのは、諦めきれない女の思いか。伏し目で瞳は読み取れない。その見えないはずの視線が、訴えてくる。まさに絵描きの底力で、時代の瞬間を、見事に定着させている。 

 絵描きの名? ダイナーを描いた『夜鷹』で知られる、といえば「あっ、あの人か」となりそうな。ニューヨークに生まれ育って、パリで修行し(1906年10月〜翌年7月と1909年3月〜7月)、祖国に戻って、ひたすらマンハッタンとその周辺を描いて有名な、エドワード・ホッパー(1882-1967)です。再び、絵に戻ろう。

 女の背後に、大きなガラス窓。厳冬のマンハッタン、時刻は、まだ宵の口か。摩天楼の谷底は、冬、暮れるのが早い。超高層ビルの谷底を、人々は早足に、どこかへと消えていく。この窓を通して向こう側には、人の流れの合間に、車の流れも見えるはずで、おそらくは、ブロードウエイ42丁目。

 だが、画家は、意図的に、街路の光景をシャットアウトした上で、天井の灯の反射を見事に装飾化して「絵にしている」。よく見ると、女の右手の薬指に、指輪が描かれているようにも、見える。それが気になり始めると、よけい、女の気持ちを探りたくなってくる。

 

 ホッパーは、食べる場所をよく描いた。それなのに、画面に料理が描かれることは、まず、ない。ダイナー(食堂)を描いて有名な『夜鷹』にしても、中華チョプスイ屋でテーブルを囲む女二人を描いた絵(下の絵)でも、料理は、描かれていない。テーブルは、いつも、ガランとしている。さてこれは、いかなる画家の思いの反映なのか。描かれなかったものには、ときに、描かれたものよりも、深い意味が隠されている。

 

 (冒頭の絵で)女が座る店は、カフェ? そうでは、ない。なぜ断言できるのか。それは、この絵のタイトルが『オートマット』(Automat)であるからだ。「オートマット」とは一体何か。知ったら皆さん驚くはずで、次の写真をご覧頂きたい。要するに、自販機簡易食堂、ということになる。

 

 

 

 

 

 マンハッタン初登場は、1912年ブロードウエイ、タイムズ・スクエア付近。それにしても、これが百年前! アメリカの先進国ぶりが圧倒的であったことが、わかる。もっとも、このアイデアそのものは、当時ドイツからやってき

たもので、「あっ、バウハウス的」と私は感じる。

 

 ちなみに、このオートマット、1931年(昭和6年)に至って、新宿の二幸の中に「オートマット食堂」として登場している。その進取の気性、たいしたものだ。二幸、高野果実、中村屋......昭和初期の新宿は、不思議なエネルギーが渦巻いていた。再び、ホッパーの絵に戻ろう。

 

 この絵をただ眺めているだけでは、まず 、この自販機が並ぶ背景は、想像できない。画家が描いたのは、その店の一隅、入り口脇の客席部分を切り取っての構図で、店の奥に立ち並ぶ自販機も、その前に広がる、巨大なビアホールのような客席空間も、描かれていない。しかし、絵が発表された当時、ニューヨーカーがこの絵のタイトルを見るならば、それだけで、女と同じ空間に立ち並ぶ自販機の壁が、目に浮かんだはずだ。

 その一方で、2014年の日本人。この女と同じ空間に、自販機の壁を思い描ける人など、まず、いない。この切り取られた店の一隅「だけ」を見るのと、自販機の立ち並ぶ空間と知った上で見るのとでは、別の世界が見えるはずだ。印象もまた、まるで別のものになりそうだが、私は、そうは思わない。

 

 当時、自販機立ち並ぶこの店は、時代の先端をゆく、オシャレでかっこいいモダンと受け止められていた。しかし、「進歩」の無意味さを痛いほど知る街パリで学んだ画家は、マンハッタンのモダンに、寂しさを見出した。自販機から取り出したコーヒー、料理、そして、パイ。モダンは、寂しく、虚しく、冷え冷えとしていて、せつない。

 

 金は、ある。しかし、優しさ、ぬくもり、きずな、そうしたもののあれこれが、決定的に、切断されていく。非情なほどに強さを徹底してこそ、あのマンハッタンの街並みが生まれる。だからこそ、マンハッタンは、美しい。力ある者が、勝つ。それは、資本の論理の徹底、といってもいい。

 

 画家が描いた1920〜30年代、ニューヨークの街並みは、ものすごい勢いで超高層化が進展していく。アメリカが世界の中心となり、その金融の中心マンハッタン。バブル期の東京でさえ「目じゃない」ほどの熱狂が渦巻いて、誰もが未来を夢見ていた。この秀逸な画家の目には当時、夢に踊らされる人々には見えていなかった、影の深さが見えていた。モダンのもたらす、冷え冷えとした世界の、底なしの影。画家は、それを描いた。

 このモダンは、1991年、東京でも完成した。だから、この自販機立ち並ぶ背景を知らずとも、私たちは、この切り取られた女に、いとおしいほどの切なさを読み取ることが、できる。知らなくてもよかった、モダンという世界の虚しさ。そうなってすでに四半世紀が経過して、震災もあった。だから、マンハッタンの谷底でひとりコーヒーを見つめ続ける女に、心惹かれるのだ。この女は、私であり、あなた、なのだ。

 この絵は、ある実在の女性をモデルに描かれている。その人物写真と見比べてみれば、見事にその特徴を描き切っている。だが、ここで画家が描いているのは、個人としての人物像ではない。大都会の時代の先端をゆく店で、最新のファッションをおしゃれに着こなした美しい一人の女。彼女を通して、この女を包み込む「時代の空気」を描いているのだ。この画家は、目に見えるものを通して、見えない世界を描いている。

 

 ホッパーに対する評価は近年高まる一方だ。一昨年の晩秋、パリでは、ホッパーの大回顧展が、無数に開かれている展覧会の中でも、断トツの一番人気だった。その意味するところは大きい。なぜなら、それは、現代のパリが、ホッパーが描いた「時代の空気」に深く共感し始めている、ということを意味しているからだ。これは、今から30年前のパリでは、おそらく考えられなかった出来事ではないだろうか。

 

 ホッパーは、1906-7年そして1909年にパリで学んでいる。当時パリは、世界一先端的な感覚があふれた都会だった。まだマンハッタンが高層摩天楼化される以前。アメリカの画家が欧州で評価されることなど、ほとんど考えられなかった時代だ。その後、両大戦間のパリに集まった多数の若きアメリカ人アーティストたち。彼らはパリに「何か」を求めていた。そして間違いなく、その「何か」が当時のパリには、あった。あの頃が、時代の分水嶺だったのではないだろうか。

 

 当時彼らが求めた「何か」は、今むしろマンハッタンにある、と感じる。話が長くなりすぎた。このあたりについては、また改めて。

 

 

    きょうのお話は、ここまで。

  面白いお話、出てこい。
    もっと早く、もっとたくさん。

2014/1/18

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『アンティークシルバー物語』大原千晴
  主婦の友社     定価 \2,100-

  イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝

  

  

ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。

本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。

私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。銀器をとおして過ぎ去った世界に遊んでみる。ひとときの夢をお楽しみ下さい。

2009/11/23

■講座のご案内

 2011年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。

「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。

 歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。

詳しくは→こちらへ。