2009/11/23
2009/11/28 文の末尾に★情報追加
偶然というのは不思議なものだ。
2009年10月23日(金曜日)は『アンティークシルバー物語』の発売日だった。この日、私のマイナーな著書がネットもリアルも同時に、本屋さんの「店頭」に並んだ。その日の午後、インクの香りが漂う真新しい本が私の手元にも届けられた。
そしてまさにその同じ日の朝一番に、アメリカのアマゾンから、電子書籍リーダーであるキンドル(Kindle)が届いていた。
あれから一カ月。私のキンドルには今、チャールズ・ディケンズやジェーン・オースティンその他、昔の英国のことを知るに便利な作家の全集があれこれ入っている。紙の本にすれば、幅90センチで高さ2メートルの本棚4つが満杯なるほどの分量になるだろう。ひょっとすると、それでも収納しきれないかもしれない。
例えば「ディケンズ全集」には、ディケンズ作品がエッセイや講演記録等も含めて200作以上!も入っている。しかも、その価格が驚異的だ。僅かに、6ドル79セント。現在のレートならば、日本円にして約600円。超多作で知られるディケンズの全集にしてこの価格だ。
もちろん、そんな作品集を全部読むなんて、考えられない。あくまでも歴史的な資料として、モノを調べて書くときに利用する。これまでもネット上では、グーテンベルクなどのサイトを利用することで、似たようなことは実現できていた。でも、キンドルを利用して、こうした作品を読むという行為は、PCで読む行為とは、いろいろな点で意味合いが大きく違っている。この一ヶ月間キンドルを使ってみて、そのことがよーく判った。
ところで、『アンティークシルバー物語』を書くにあたっては、グーグルで公開されている書籍を大いに利用した。というよりも、”Google Books"の助けなしには、あの本の誕生は、あり得なかった。また、現在『英語教育』(大修館書店)で進行中の連載「絵画の食卓を読み解く」についても、同じだ。
この"Google Books"という世界で一番巨大な電子図書館の登場によって、ハーバード大学図書館やニューヨーク公共図書館、オックスフォード大学などの図書館に収蔵されている、古い時代の図書を一部とはいえ「誰でも自由に」利用できるようになった。まさに「革命」というほかない。
「コレッ!」と思う資料に出くわしたら、ひたすら「ダウンロード」。本の置き場を心配することなく、図書館に行く必要もなく、そして何より、書籍代金の心配がまったくない。こんなことが可能になるなんて、もう夢のような話だ。
伝統のある大学図書館に奥深く収蔵されている古書を資料として利用する。これまでこうした行為は、一部の特権的な立場にある研究者以外には望むべくもないことだった。その昔、芝のアメリカンセンターでひたすらニューヨークタイムスのマイクロフィルムと挌闘した私としては、もう、泣きたいくらいに、嬉しい。
こうした事態の進展は私にとっては、「読書革命」というよりも「資料調べ革命」そのものだ。たとえば、ある書物を読んで、そこに引用されている古い時代の本があるとする。これまでは、その本の存在を確認して、それで終わっていた。これが自分にとってよほど重要な意味のある本であれば、泣く泣く高いお金を払って、あちこちの古本屋さんにこれを発注して購入していた。
私は古書マニアではない。しかし、古い時代の食卓についてあれこれ調べ、これを知るには、どうしたって古書にあたらざるを得ない。たとえば、テーブルセッティングの具体的な変化の様子を知るためには、19世紀初頭英国の召使い向け手引書なんてものに目を通す必要があるわけで、こうした書物は、欧米だってよほどの図書館でもなければ収蔵されていない。で、古本屋サイトで見つけて「購入」ボタンを押す。
私が骨董銀器専門店を開いた当初、必要な古書はロンドンの古書店で買っていた。しかしそれはすぐに、古書店ネットの情報サーチ中心になり、欲しい本は「購入ボタン」を押すというネットを通した買い方中心に変化した。
しかし、今は、違う。
ひょっとして"Google Books"上で公開されていないかどうか。まずこれを確認し、公開されていれば、ダウンロードする。公開されていない本で、どうしても必要と思われる古書についてのみ、これを購入する。最近は、そこまでして購入すべき古書の数が減ってきた。なぜなら「グーグル電子図書館」でダウンロードできる確率がどんどん上がってきているからだ。
私が調べている対象は、マイナーな事柄が多い。例えば、18世紀英国の銀職人の足跡調べなんて、その代表例だ。そんなマイナーな事柄であっても、あれこれ検索のキーワードに工夫を凝らしながら調べていくと、思いもかけない資料が網に掛かって来る。"Google Books"という「世界一巨大な図書館」は、こうした「未知との遭遇」の機会を限りない深さと広さで与えてくれる。
この"Google Books"については、わが国の識者の間で、そのあり方の是非をめぐって論争がある。私は既に、計り知れないほどの恩恵を受けている以上、この「知の解放」という開かれた扉が閉ざされるような方向に進むことには、絶対に反対だ。
この問題がわが国で論じられるとき、多くは、著作権と出版産業の側面から語られることが多い。例えば、キンドルの例で挙げた「ディケンズ全集」を「漱石全集」と置き換えれば、論争の意味合いが判りやすくなるかもしれない。
でも、こと古書に関する限り、真の論点は「図書館とは何か」というところにあると思う。
興味がある人は、菅谷明子『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―』(岩波新書 赤837)をお読みになると、ヒントが見つかるかもしれない。ただこの本は2003年9月の初版で、もう6年も前の本だ。この6年間で電子書籍をめぐる状況は、既に「激変」している。
昨日、ニューヨークタイムスのサイトで、ユーモアのあるビデオクリップを見た。ハイテク専門のライターがニューヨーク公共図書館で、司書らしきオジサンを相手に、キンドルを含む3種類の電子ブックリーダーの優劣を簡単に論じ合っている。
木のパネリングも贅沢な部屋でオジサンが最後に、「文字の解像度といい、ページサーチの容易さと言い、これこそ一番!」と勧めたものは、彼が手にした一冊の「古書」でした。
2009/11/23

★★★キンドル買った人への追加情報
2009/11/28
「KindleでGoogle Booksのファイルが読めたらいいのに。米国Sonyの電子書籍リーダーなら読めるっていう話だし……」と悩んでいるあなたに!
しばらく前から、Google Books上にある公開書籍で
主要なものについては、"ePUB"という名称のファイル形式でのダウンロードが選択可能となっています。
この"ePUB"形式のファイルに、ちょっとひと手間加えると、文句なしにKindle上で読むことができます。その対象となっている書籍数は、確か、70万冊近いはずです。
要は、"ePUB"形式のファイルを、Amazon Kindle の独自ファイル方式である、"AZW形式"に変換できればいいわけです。これが簡単かつ文句なしの形で、可能です。
オープンソースのフリーソフトを使います。
ソフトの名称は"Calibre"といいます。ここにあります。
http://calibre-ebook.com/
アメリカではよく知られたソフトで、人気のあるオープソースの常で、日々進化しています。このソフトを使えば、数十メガのファイルでも、変換ボタンを押して数十秒で見事、ePUBがAZW的なる形に変換されます。
使い方は簡単です。PC上でこのソフトを走らせておいてKindleをPCにUSB接続する。すると自動的にCalibreがKindleを認識して、Calibreを通してKindleの中身を一覧できます。Calibreで取り込んだGoogle上にあるePUBファイルをKindleに「移動」するようボタンを押す。するとCalibreが「ファイル変換しますか?」と聞いてきます。当然「はい」のボタンを押す。あとは自動的にファイル変換が始まって、しばらくすると、「Kindle用に変換されたファル」というか、新たな一冊の書籍がKindle上に表示されています。これだけのことです。
このソフトのおかげで、AmazonのKindleがあれば、約38万冊と言われるAmazon上の「有料電子書籍」に加えて、約70万冊と言われるGoogle上で全文ダウンロード可能な「無料電子古書群」、併せて「百万冊強」をいつでも自由に読むことが出来る環境が整ったことになります。
少なくとも西欧言語、特に英語を中心とする書籍については、PCと電子書籍リーダーがあれば、「誰もが自由にいつでも」百万冊の書籍にアクセスできる環境が既に整っている。このことが今後もたらすインパクトの大きさは、計り知れないものがあると思います。ここで改めて思うのは、ガラパゴス島の未来についてです。
2009/11/28

■■■■■■■■■
『アンティークシルバー物語』大原千晴
主婦の友社、定価 \2,100-、10月23日発売
イラスト:宇野亞喜良、写真:澤崎信孝
ここには、18人の実在の人物たちの、様々な人生の断面が描かれています。この18人を通して、銀器と食卓の歴史を語る。とてもユニークな一冊です。
本書の大きな魅力は、宇野亞喜良さんの素晴らしいイラストレーションにあります。18枚の肖像画と表紙の帯そしてカトリーヌ・ド・メディシスの1564年の宴席をイメージとして描いて頂いたものが1枚で、計20枚。
私の書いた人物の物語を読んで、宇野亞喜良さんの絵を目にすると、そこに人物の息遣いが聞こえてくるほどです。来年弥生三月、弊店にてそのすべてを展示する原画展を開催する方向で、準備を開始したところです。

2009/11/23

■講座のご案内
2009年も、様々な場所で少しずつ異なるテーマでお話させて頂く機会があります。また、この4月号から新たに雑誌の連載エッセイがスタートしました。
大修館書店発行の月刊『英語教育』で連載タイトルが「絵画の食卓を読み解く」。絵に描かれた食卓を食文化史の視点から読み解きます。ぜひ、ご一読を。
というわけで、エッセイもカルチャーでのお話も、
「ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷を、これまでにない視点から、探訪する。」が基本です。
歴史の不思議な糸で結ばれた、様々な出来事の連なりをたぐり寄せてみる。そんな連なりの中から、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さ。これについてお話してみたい。常にそう考えています。
詳しくは→こちらへ。
|