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『銀のつぶやき』 大原千晴
第2回 「イスタンブールのジュータン屋」

 

 


銀の鳥籠
トプカプ宮殿宝物館
(イスタンブール)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003/04/01

 

「ジュータンありますよ。見ていきませんか。きれいですよ。」

一昨年の夏、イスタンブールの旧市街を歩いていたら突然、日本語で声を掛けられた。その発音の見事なこと。きれいな東京アクセントで、顔を見なければまず、外国人だとは思わなかっただろう。

「東京からですか。どうぞお入り下さい。」
いやはや、恐れ入る。この時点で、僕の頭の中には、要注意の黄色信号が灯った。危ないぞ、これは。

顔を見ると、三十台半ばだろうか。この暑いのに、きちんとスーツを着て、お洒落なネクタイを締めている。髪はブロンドがかった淡い褐色とでも言うべきか。丸顔に細い金縁のメガネ、瞳はとび色。肌は僅かに褐色がかっていて、雰囲気からは、南イタリア人という感じだ。一杯の笑顔で、それこそ「手ぐすねをひいている」という言葉がぴったりの態度物腰だ。

「日本語上手ですね。どこで勉強したのですか。」
心の中では十分に警戒しながら僕は、にっこりと微笑んで、彼に話しかけた。入り口から中を覗くと、店の中には誰一人、お客が入っていない。沢山のジュータンが並べられていて、なかなか立派な店構えだ。もっとも大イスタンブールで、この程度のジュータン屋が珍しいものでないことは、言うまでもない。

「ありがとうございます。トルコで勉強しました。どうぞお入り下さい。お茶もご用意しています。」チャイハネが名物のトルコで、お茶という言葉は、なかなかに魅力的な響きがある。暑さの中を歩き回っているので、ただでさえ、のどが渇いている。敵もさるもの、ちゃんと観光客の弱点を見抜いているのだ。ただし、この時点で、僕の頭には赤信号が点滅し始めた。

「ごめんなさい。これから行くところがあるから、またね。」手を振りながら、そして、ふたたび微笑みながら、店の前を通り過ぎた。

「どうぞ見ていって下さい。買わなくてもいいですから。きれいなジュータン、沢山ありますよ。」店をやりすごして歩き始めている僕になお、後ろから声を掛けてくる。ほんとうは覗いてみたい気もしたのだが、そこは我慢して振り返らずに、その場を立ち去った。

これだけなら、何もわざわざここに書くほどの「お話」ではありません。ところが、不思議な「偶然」が、その日の午後、起こります。

一日の観光を了えてホテルに帰るために、夕日のまぶしい大通りを歩いていたら、何と再び、彼に出くわしたのだ。僕の顔をしっかりと覚えていて、「こんにちわ!」と、例の人なつこい笑顔で話しかけてきた。人通りの多い繁華街で、彼の店からは少し離れた場所でもあり、多少は安心して話を交わすことにした。夕暮れの涼風が心地よく、言葉はすぐに、英語に変わった。

「仕事は何ですか?」「骨董商」と答えると、「東京の有名な店の人知ってます。その店とビジネスをしています。東京には私の仲間がいます。」とのこと。何だか怪しげな話である。彼はどうやら、「お客」をつかまえるために、繁華街に「出張」に出てきていたらしい。それはともかく、彼の話で一つだけ、とても印象に残ったことがある。

「私はクルド人です。トルコ人ではありません。クルド人、知ってますか。この街のジュータン屋は、ほとんどがクルド人です。私たちはトルコ人よりも、よく働きます。私も、いろいろ苦労しながら、若い頃から一生懸命、働いてきました。ぜひ明日、私の店を訪ねてきて下さい。」

イスタンブールのジュータン屋はほとんどがクルド人?真偽のほどは、僕には判らない。「東京に仲間がいる」というのは、トルコやイランのパスポートを持ちながら、実はクルド人だという人々が案外、東京には何人もいる、ということなのかもしれない。

それにしても、見事なアクセントの日本語の挨拶には驚かされた。だが、その裏には、我々にとってあまり、ありがたくない背景がある。実は、彼らにとって日本人観光客は、格好の「カモ」なのだ。とりわけ、エギゾチックな風貌と、柔らかな態度物腰に参る日本人女性が少なくないと聞く。そういう話をいろいろ聞かされていたので、僕は結局、彼の店には行かなかった。ジュータンならば、日本で買えばいい。

先の湾岸戦争以来、クルド人については、いささかの興味を抱いてきた。断片的に伝えられるニュースを読むたびに、国を持てずに、山岳地帯に追い込まれるようにして居住する人々の暮らしを想像した。今度のイラク戦争勃発で一躍、世界の注目が、彼らの動静に集まり始めた感がある。

クルドの人々が運営する幾つかのサイトにある情報によると、彼らは人種的には、アラブ系というよりはむしろ、ヨーロッパ地中海系人種に近く、見かけ上は、南欧から東地中海沿岸諸国の人々によく似ているという。インド=ヨーロッパ語に属する独自の言語を有し、宗教はイスラムの中でも、スンニ派に属するシャーフィイー派が多数を占め、スーフィー神秘主義の信者も多いという。

トルコ、シリア、イラク、そしてイランにまたがる山岳地帯に、約三千四百万人のクルド人が居住しており、内訳は、トルコが南部を中心に千九百万人、イランに七百万人、イラクは北部を中心に六百万人、そしてシリアに百六十万人とのこと(ちなみに、これらの数字は、日本の百科事典が挙げる数字の二倍近い)。

イラク北部の山岳地帯はここにきて、アメリカの支援の下で、クルド人による自治の体制が、以前よりも大幅に強化され始めたという。注目すべきは、今回のイラク戦争の行方次第では、クルド人の新国家誕生という可能性に道が開けるかもしれない、という観測があることだ。もっともこれは、彼らの協力を得るために某国がぶら下げた、派手な疑似餌と見えなくもない。

興味深いのは、この一年で、イラク北部のクルド自治区の通貨が、アメリカドルに対して、倍以上に価値が上昇しているということ。これに対して、三月第四週の一週間で、クウェートの通貨はサウジの通貨に対して、実勢レートで価値が、ほぼ半減しているばかりか、国境地域では、受け取りを拒否されるまでに至っているという。両者の鮮やかな対比は、政治が通貨の価値を動かすという、格好の実例だろう。もし、通貨への思惑が、何らかの未来を暗示するとするならば、この両者の動きは、何を意味するのだろうか。

いずれにしても、事態は複雑怪奇だ。イスタンブールの「ジュータンありますよ」君は今、この状況をどう捉えているのだろうか。いつか「ジュータン抜き」で、話を聞いてみたいと、彼の怪しげな笑顔が思い浮かぶのだった。

「日本人のような幸せな人々には、僕らの気持ちは分からないでしょうね」きっとそんな答えが返ってきそうな気がする。

今回は、大きな世界情勢の変化を前にして、つぶやきも少し硬くなってしまいました。さて、次回は、どんなお話を致しましょうか。

 

お話出て来い!

2003/04/01