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不定期連載『銀のつぶやき』
第16回「パフィとキティと回る寿司」

2005/02/23

●「パフィ」ニューヨークタイムズの紙面を飾る

あれ、パフィじゃないのか、この二人は?

ひと月ほど前に、ニューヨークタイムズ日曜版(Jan 16, 2005)、そのファッションページの写真を見て、そう思った。記事を読んでみると、間違いない、やはりパフィだった。かなり大きな扱いで、オシャレな格好をした二人の写真が掲載されている。東京ファッション(二人は大阪出身?)が注目されているのかと思ったら、そうではなかった。

彼女たち二人の話をアニメに仕立てた"Hi Hi Puffy AmiYumi"というテレビ番組が、アメリカで話題になっているようなのだ。番組のファンは、夜の八時にはお休みなさいの、小さな子供たちで、その人気は大変なものらしい。

それがどんな番組か知りたければ、"Hi Hi Puffy AmiYumi"でグーグルして出てくる、"cartoon network"の同番組紹介ページに行くと、いろいろ動画を見ることができる。アニメと生の人間が一体化している。この「感覚」が受けるのだろうなと、それくらいは、理解できる。

どうやらアメリカの子供達の間で小爆発し始めている様子だから、これからが見ものだ。それこそ「パフィ全米ツアー」というのも、夢ではなさそうな「勢い」を感じる。客席には、幼児から9歳くらいまでの子供が一杯などという、面白いことになりそうだ。

それにしても、N.Y.Timesに写真が大きく出れば、これはもう、ステータスだ。彼女たちの記事の頁下半分は、シャネルの大きな広告だった。シャネルの上に載るパフィの二人。たいしたものだ。

この記事に限らず、近頃、英米メディアの文化欄で、日本関連の記事が取り上げられる度合いが高くなっているように思う。限られたメディアしか読んでいないのに、今年に入ってからの二ヶ月弱の間だけでも、幾つも目にしている。

ヨージ・ヤマモト、ハルキ・ムラカミ、カズオ・イシグロ、この方々については、いずれも長文のインタビューや評論記事を読んだ。とりわけ、村上春樹さんについては、英語圏では、「世界的な巨匠の一人」という扱いになり始めている。もっとも、この三人について、ことさら「日本」という形容詞をつけることは、あまり意味がないことかもしれないが。

いずれにしても、経済や政治ではなく、文化欄で日本が話題になる、というところが嬉しい。停滞した経済とは裏腹に、日本から外に向けて発信される文化は以前よりもむしろ、その力を強めている、と感じる。自らは、そう意識しないままに。思いもかけない形で。

●現代アートとキティちゃん

昨年の秋の終わりに、テキサス州ダラスから車で四十分ほどのところにある、フォートワース現代美術館を訪れた。その美術館の建築が、安藤忠雄氏の設計だとは、行ってみて初めて知った。

現代美術の世界では、全米でも有数のコレクションだといわれていて、その言葉に説得力を感じる、素晴らしい内容だった。背景に流れる豊かなオイルマネーが、この水準の高さを支えているに違いない。

様々な作品をゆっくりと見た後で、ミュージアムショップに立ち寄った。そこで一瞬、我が目を疑った。キティちゃんが、たくさん並んでいたのだ。広いショップの一隅に、あのサンリオのキティちゃんコーナーが出来ていて、人形やバッグやキーホルダー、手帳やノートなど、キティちゃんグッズが大集合していたのだ。

場所は、全米屈指の現代美術館。アヴァンギャルドの歴史の流れの中で見る、キティちゃん。とても不思議な気がした。アメリカのモダンアートの世界では数年前から、一部の現代作家たちの間で、「キティちゃん」の存在が注目され始めたらしい。「日本」というよりも、「現代の社会を象徴する何ものか」という意味合いで捉えられているのだと、親戚のアーティストが、そう教えてくれた。

ベン・シャーン、フランシス・ベーコン、サム・フランシス、ポラック、アンディ・ウォーホール、一番感動したのがドイツのアンスレム・キーファー。とにもかくにも、そんな作品の間をゆっくりと歩いてきた果てに、たどり着いたのが、このキティちゃんの売り場だった。

そうした流れの中で見るキティちゃんは、日本で見るキティちゃんとは違っていた。いささか怖い部分もある、えたいの知れないものに見えてくるのだ。少なくとも「カワイイ」という世界を超えてしまった、何か別の、宇宙人のような感覚。「私の知らないキティちゃん」が、そこにいた。

もちろん、キティちゃんが変身したわけではない。そうではなくて、同じものが、異なる文化、文脈のなかに置かれると、まるで違ったものに見えてくるのだ。日本という環境の中では、隠れていて見えなかった別の顔が、背景が変わることで初めて、はっきりと目に見えるものとして浮かび上がってくる。そんな感じがするのだ。

このように、日常的なモノの中に隠された、ちょっとした違和感や「裏の顔」を鋭く見つけ出し、そうしたものを一般人の目に見える形で、多少デフォルメして提供すること。それを見つけ出す感覚と、表現する力。その表現形式が、画像であろうと映像であろうと、また、音であろうと言葉であろうと、その形式は問わない。

そうした様々なイメージを使いこなして、日常の割れ目を表現する技量と構成力を持つ人々が、現代アートの世界においては、強く求められている、という印象を改めて深くした。

●グローバル化する寿司の、もの悲しさ

ところで、このキティちゃんのように、我々日本人にとって日常的なものが、海外で一種「異様なものに見える」という体験は何も、「アート」に限ったことではない。食文化にだって、似たような現象が、見られる。

例えば、寿司。ロンドンの一般大衆に「寿司」が日常化したのは、五〜六年ほど前からだろうか。プレタ・マンジェ(あっという間に英国を制覇した、サンドイッチ屋のチェーン)が、店頭に「寿司」を並べ始めた頃からだ。今では、あちこちで、「寿司」が回っている。

十年前のロンドンではまだ、「寿司」を食べることは、オシャレだった。ちょっと食べ物にこだわるスノッブな雰囲気、そんな感じだった。それが今ではすっかり、様変わり。去年の夏、ロンドンの外れの場末にある、巨大スーパー併設のモール(商店街)で、こんな光景を見た。

古びたモールの二階に、ピザやハンバーガー、中華軽食などが並ぶレストラン街。そこで、たった一軒大繁盛しているのが、「回る寿司」だった。お客さんは、子供連れの若い、しかし、くたびれた母たちが中心だ。白も褐色も黒も黄色もいる。

その中に、カウンターに出腹がつかえそうな白い中年のオジサンが二人、皿を二十枚も積み上げ、ビール片手に回る皿をにらみながら、食べ続けていた。二人は、昼休みに近所からやってきた、くたびれたサラリーマン風。寿司が「文化」であるとするならば、その「果て」を、ここで見た気がした。

驚いたことに、これとよく似た光景を去年の十一月、アメリカ中西部オクラホマシティにある、よれたモールでも見かけた。寿司文化のグローバル化。その実態は、なんとも哀しいものなのだ。もっとも、こちらではまだ、「寿司」という言葉が語られるとき、わずかにスノッブの香りが残っている。

モールの寿司は別にして、地元オクラホマ市の現代アート系セレブたちの間では、「寿司屋に行く」という言葉は、「ちょっとオシャレな食事」というのと同義語なのだと、彼らの話しぶりから、そう感じた。そんなオシャレな彼らに連れられて、何ともオソロシイ「寿司」のお相伴にあずかることになった。

中西部は確か、ニューヨークとは、一時間の時差がある。彼方に実存するはずの摩天楼。それが蜃気楼に思えるほどに、遠く感じられる。ここではまだ、西部開拓時代が続いている。その「寿司」と称するものを食べながら、私はそんなことを考えていた。そういえばこの地は、本物の海を見ないままに、一生を終える人が決して少なくない土地柄だと、あとで気が付いた。

ここは州議会議事堂のてっぺんに、インディアンの巨大な立像が立つ、インディアンの国だ。ここは国立カウボーイ博物館が存在する、カウボーイの国だ。ここはスーパーマーケットでライフルと実弾を売っているのが当たり前という、「戦う力」が必要な土地だ。そんな土地で食べるなら、何と言っても「牛のステーキ」これが一番に決まっている。

霜降りなどという軟弱さが微塵もない、しかし、ジューシーでおいしい牛肉が、ここにはある。ここで私はカウボーイブーツの大男大女達に囲まれながら、「検査されていない牛肉」を、何キロも食べてしまった。美食と健康食にうつつを抜かし、すっかり忘れていた「戦う男」の感性が、戻ってきたような気がした。ジョン・ウェインやクリント・イーストウッドを身近に感じる。ウッディ・アレンなんて、見たくもない。せめて、ジャック・ニコルソンだ。旅は、してみるものだ。

この話、次回へと続きます。ちょっと長くなりすぎたので、ここで一息入れます。)

 

久しぶりの更新。そろそろと慣らし運転で再スタート、という感じ。今日は2005年の二月二十三日。小さな庭の土と草と木を見て、そして、そこを通り抜けていく風に、今年初めて「春」を感じた。

さて次のお話は。面白いお話、出て来い!
もっと早く、もっとたくさん。

講座でいろいろ、お話しています。

今年は五月以降、ヨーロッパの食卓の歴史的な変遷について、これまでにない視点から、あれこれお話をする機会が実現しそうです。銀器という枠を越えて、食卓という世界を通して見えてくる、人々の社会と暮らしの面白さについて、お話ししたいと考えています。

2005/02/23